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第14話
(ちょっと確認って……。それは俺の出したアレの量をか?)
――祐樹のなかでは、ころころころーって二転三転 転がっちゃってさ、そろそろ匡彦さんが遼太郎くんと浮気してるってことになってんじゃない?
前の日の春臣の声が、耳に蘇る。神野の視線が、ベッドサイドチェストに向かっていた。そこには昨夜彼が用意していた避妊具がふたつ、未開封のまま残っている。篠山の手のひらに嫌な汗が滲んだ。
「気になるって、いったいなにが?」
「遼太郎さんの首に……」
立ち上がった神野が自分と遼太郎の浮気を疑っていることはもう確かだった。
「いえ、やっぱりなんでもないです」
「おいおいおいっ」
床に落ちていたボトムを拾って寝室を出ていこうとした彼が、なにをしにどこへ向うかなんて悠長に考えてなんかいられない。篠山はすぐにベッドから飛びだすと彼を捕まえた。
「祐樹っ、ちょっと待ってくれって。ちゃんと話そう!」
それからがたいへんだった。気持ちを閉じてしまった神野は篠山が挽回のためにどれだけ彼を抱きしめようが言葉を尽くして宥めようが、とても頑なで、――「ひとりで考えさせてください」と叫ぶとアパートに逃げ帰ってしまったのだ。
自分の胸を押しかえして目を合わることもしないで出ていった彼を追うことができなかった。しかもそのあともなんの手をうつこともしないで、昨日は一日、途方にくれて過ごしている。篠山は遼太郎が放っていった紙袋に目をやると、重い溜息を吐いた。
最悪、もしもまた神野がここに来ない日がつづくことになったら、この洋服を渡すことを口実にアパートに行くなりしよう。でももうこの服はこの家にある彼のために買ったチェストにしまってしまいたいのだ。この家に彼のものがあたりまえに存在する生活をはやく送りたいと、篠山は切望していた。
さてこの一週間をどう乗り切って、つぎの週末はどんな休日を過ごすことになるのだろう。
篠山はふたたび溜息を吐くととりあえずは覚悟を決めて、こちらも恐ろしい、おそらくへそを曲げているだろう遼太郎の待つ事務所へと向かうことにした。
*
「はぁ」
肩を落とした神野は、よからぬ想像を頭から追いだすために抱えていたクッションに額をぐりぐりと擦 りつけた。
今日も仕事が終わったあと、篠山のマンションに寄って食事と入浴を済ませていた。ここのところくだらない悩みで胸が塞ぎ、食欲は減退している。それで夕食もそこそこに風呂にはいれば、こんどはぼうっとしすぎて湯舟で溺れる始末だ。
神野は日曜の朝に篠山のマンションを飛びだしてからずっと、家でも職場でも詮無いことを考えては顔を赤くしたり蒼くしたりしながら過ごしていた。
食欲がないといえば篠山もおなじで、最近の彼は食が細い。仕事に追われ疲れすぎて食べられないようである。篠山は決して自分のまえで疲れたと口にすることがない。泊まった土曜の夜だって、遅い時間まで事務所に籠っていた彼はとても疲弊した表情 をしていて、夕食を抜いていた。
きっとすぐにでも寝てしまいたかったのだろう。そう素直に捉 えていられるのなら、自分が抱えている疑惑のひとつがなくなるというのにだ。
――やっぱりあの日の朝、遼太郎さんとやったんだ。だから夜は一回でこと足りたんだ。
と、すぐに卑屈に考えてしまうのだ。
遼太郎の首に吸いついた篠山が彼をそのままベッドに誘いこみ、ふたりまぐあうところまで想像した神野は、クッションに蒼くなった顔を埋 めた。もう疑心暗鬼に陥っていて悪い考えしか思い浮かばない。
(そうじゃなければ、いつもは最低二回は出すのに……)
だから避妊具だって引き出しから三つとりだしておいたのだ。そこで神野はまるで久しぶりのセックスに自分が期待していたみたいに思えてきて、恥ずかしくなってしまった。
「祐樹? 耳も首も真っ赤だけど、窒息してるんじゃないよね?」
「うわっ⁉」
いきなり声をかけられて驚いて戸口をみると、そこにはスウェット姿の春臣が立っている。
「ちゃんとノックはしたよ?」
「はいっ。なんでしょうか?」
「いや、心配で様子見に来ただけ」
「大丈夫ですよ。考えごとしているだけです」
「俺、ここに三十分は立ってるんだけど? 祐樹まったく気づいてなかったでしょ? 蒼くなったり赤くなったりいったいなにを悩んでるの? 俺が手伝ってあげるから、さっさと解決してはやく寝なよ。もう遅い」
時計に向かって顎をしゃくた春臣に、「ほら、はやく。なにに悩んでいるか云って」と、急かされる。
「……遼太郎さんにほんとうに恋人がいるかどうかです」
「よし、わかった。俺が疑りぶかーい祐樹にでも納得できるように、ちゃーんと調べておいてあげる。だからもう寝よう?」
本当に知りたいのは、遼太郎のキスマークを誰がつけたかだった。状況からして篠山しかいないではないか。あちこちで遊んでいる春臣ならいざ知らず、と彼をじろっと見上げる。
「なにかな……?」
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