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第15話
額をコツンと壁にぶつける。
「はぁ……」
帰宅してからずっとベッドのうえ、壁に向かって正座だ。こんな落ち込んだ姿を春臣に見せたら心配すると思ったから、ダイニングじゃなく自室に籠っていたというのに。
「そんなとこに頭ぶつけてたら、また遼太郎くんにうるさいって文句いわれるんじゃない?」
額をくっつけている壁の向こうには、遼太郎のベッドがある。神野はばっと顔をあげた。
(もしかして、夜にこっそり彼氏を呼びこんでいたりする?)
そうしてあの首のキスマークがつけられたのかもしれない。
すぐさま壁にいざり寄って耳をあてがってみるが、しかし隣からはなにも聞こえてこなかった。静かだ。遼太郎はもう寝たのだろうか。いや、留守なのかもしれない。もしかして恋人のところにでかけていたりするのだろうか。
「ゆ、祐樹?」
(恋人……、本当にいるの?)
神野は眉をぎゅっと寄せた。
(――篠山さんのところに行っていたりして。……ちょっと隣に行って確認してこようか?)
もし寝ているところを起こしてしまったらかわいそうだが、彼がひとりで、――もしくは疑惑に満ちた彼氏と寝ていてくれたらそれで自分は安心できるのだ。迷惑はかけるがいい案だ。
申し訳ないが、でも一回だけだから。それにいっぱい謝るから、と。ひとつ頷くと壁から離れ、後押しを求めて春臣をみあげた。
「春臣くん。いま遼太郎さんは部屋で寝ていると思いますか? ちょっと今からチャイムを鳴らして確認してこようと思うのですが」
「いや、駄目でしょう」
反対されて、がくっと肩を落とす。それはそうだろう。時刻はもう二十三時をまわっているのだから。
「……もう、いいです。諦めます。春臣くんも私のことはもう構わないで寝てください。しょうもないことで悩んでいるだけですから……。もう、寝ますね」
「いっしょに寝てあげようか?」
「ひとりで寝られます」
笑った春臣は神野が電気を落とし布団にはいるのを見届けてから、やっと部屋を出ていった。
布団が冷たい。こういうときは湯たんぽ代わりに春臣と寝るのもいいと思うのだが、しかし今夜はちょっと自分の身体の都合がよくなくて。いや、今夜だけではなくここ数日ずっとなのだけれども。
横たわって目を瞑ると、じきに淫らな情動で性器を張りつめさせてしまうのだから。
(いっしょに寝られるわけないよ)
神野は体勢をかえるとそれをシーツに軽く押しつけた。
男としての性衝動よりも性別を越えた尻の間 を突かれて果てたいという欲求が勝る。神野はペニスを握りしめたとて、それだけではじゅくじゅくと疼く粘膜までは慰められず苦悶する。
そうなると火照る身体で布団の冷たさは気にならなくなるのだが、むらむらが治まらずいっこうに寝つけない。こうなるのが困るので、なるべく風呂にはいったときに処理をしておくようにしているのが、それでもまたこんな調子だ。
風呂場で吐きだしそのときはすっきりしたつもりでも、実はそれが種火をつける行為になっているのかもしれない。手で股間を押さえつけ腰をもじもじ揺らしながら、風呂のときには下手に触らないほうがいいのだろうかと考える。
いまやペニスへの手淫だけでは物足りなくて、指を尻穴にいれてかき混ぜるまでがセットとなってしまっているマスターベーションを、明日からは控えてみようか。
そして今日二度目になる破廉恥な行為をするために、神野はそうっと下着のなかに手を差しこんだ。時間なんて五分もいらない。出してしまうのは簡単だった。
このまえ篠山にされたことを想いだせば、あっという間にのぼりつめられる。あの日から毎日のように思いだしては神野を心をきゅんとさせ、身体を淫らに震わせるあの日曜の朝のセックス。
仕事をしていても気を抜くとすぐ浮かんでくるそのときのアレはとにかくすごくて、この一週間、神野をずっともんもんと、そしてむらむらと興奮させていた。
「く、ふんっ」
声が春臣に聞こえてしまわないように、布団を頭まですっぽり被る。そしてあの朝へと意識の糸を手繰って、頬をぎゅっときついめにシーツに擦りつけるのだ。
途端にぞくっと身体が震えて、尻の間 がじゅんと濡れた錯覚がする。ぷるっと腰を震わせると、口から洩れた息はもう熱をもっていた。
土曜日の夜。
久しぶりの篠山との夜を迎えた神野は、開始十五分も経たずに終わってしまったセックスに落胆してしまい、まんじりとせず夜を過ごした。そのせいで考える時間がたっぷりできたのだ。
朝にはすっかり遼太郎のキスマークは篠山がつけたことになっており、篠山の精巣のなかみも僅かばかりを残して彼との情事に使ってしまったに違いないと思い至った神野は、確証を得るためにゴミ箱まで漁った。気持ちは不安を通り越して悲しみに満ちていた。
しかしそのあと傷心で部屋を出ようとした自分に誤解だと説明してくれる篠山の懸命さには、疑心まみれの気持ちが少しづつ解 れていった。
だから彼に甘えて、心のなかに積もった不安をぜんぶぶつけてみたのだ。
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