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第9話

「こっそり開けたつもりなのに。お前がわざわざ正気に戻るから。すこしは気づかないふりとか、見て見ぬふりを……」 「ずっとしてました! 気づかないふり。……だってここ、遼太郎さんの机じゃないですかっ? そんなのはじめからです! いっぱいいっぱいあのひとともここでしたんだって、頭になんどもなんどもちらついて、でも、気にしないようにって、してたのに――」 「そっか。わ、悪かったって。祐樹、我慢してくれてたんだな、ごめんごめん。…‥‥許して。な? ほら、もう見えない」  避妊具を指から取り外した篠山が、近くにあったボックスティッシュから引き抜いたティッシュでそれをくるっと包んで、ゴミ箱に放りこむ。また抱き寄せられて顔に近づいてきた彼の唇を、神野は手で(さえぎ)った。 「ここではいやです。気分がのりません」  不貞腐れて断ると、なんとも云えない表情をされる。 「なんですか?」  問うと「……い、いや」と、困ったように眉尻を垂らした篠山は、目線を下げて、そのさきにある神野の股間のものちょんと突いた。 「ひゃっ」  は感情的になった神野がせつない気持ちを訴えているあいだも、ずっとぷるんぷるんと揺れていて、弾かれるように突かれると一瞬だけぴょこっと頭をさげてまた元気に顔をあげたのだ。篠山が、耐えられないといった感じに「ぷっ」と噴きだした。 「なっ――!」  気分は乗らないが、貪婪(どんらん)な身体のほうは持ち主の感情を裏切ってノリに乗っていたままだった。神野は元気なそこを両手で包みこむように押さえると、かーっと全身を赤くした。 「くくくくっ、、ごめっ。あーはっはっはっ、だめっ、悪いっ」  首筋に顔を埋めてしがみついてきた篠山が全身を震わせて大笑いするのに、羞恥で燃えそうなほど顔が熱くなる。腹筋を波打たせて笑う彼の振動が伝わってくるし、首に吐息もかかった。そんなに笑わなくてもいいじゃないか。 「もういいです! 帰りますっ」  むっとして篠山の上体を押しのけた神野は、身を翻そうとしてすかさず腕を掴まれた。篠山はまだクスクスと笑い止めておらず、そのことがまた神経を逆なでする。 「わかった。な? 祐樹、ベッド行こ? それでいいだろ? ふふふっ」  腹は立っているのに背後から抱きしめられて耳もとで甘く囁かれると、嫌です、と続けるつもりでいた言葉は、紡がれるまえにあえかな吐息として消えていった。 「あぁっ、やっ、……だめっ、んんっ、んんっ……」  前にまわされた彼の両手でそれが包みこまれたのだ。棹が握られ、亀頭の縁から頭を優しく揉まれて動けなくなっていた。支えられていなかったら膝を床についていただろう。 「やぁん、ああんっ」 「寝室でゆっくりしよう?」 「ぅんっ、んんっ」  もはや篠山の声よりも、性器から聞こえてくる水音のほうがおおきい。同意を表すためにがくがくと首を縦にふりながら、「それでも」と、譲れなくて唇の(あわい)から零れかける唾液をなんども嚥下しながら、訴えた。 「お風呂っ、やっ、お風呂、は――、」 「風呂はあとだって、」 「ちがっ、私がっ――」 「さっき入ったのでいじゃないか。いい匂いしてるよ」  くんと髪に顔を埋めた篠山に、耳の後ろのホクロを舐められて「やん」と首を竦めた。  いくら汗を洗い流せていても、いい匂いがしていてもだめだ。今夜はもうアパートに帰るつもりだったのだ。篠山とこんなことをする前提ではなかったので、体内(なか)まで洗うなんてしていない。汚れたままセックスするだなんて、篠山を汚してしまうし、なによりも恥ずかしいじゃないか。絶対洗いたい。それだけは譲れない。  篠山のことを好きだと意識したときから、もうなし崩しにセックスするだとか考えられないし、以前、汚れたそこを彼に洗わせていた自分を抹殺してしまいたいほどだった。いまではありえない、神野にとっては自殺しようとしたことよりも消し去りたい黒歴史だ。 「いやですっ。お風呂がさきです」 「俺はもう待てん。ゴム使うんだし平気だよ、ほらほらとっととベッドに行くぞ!」  体内(なか)を浄めたいとどれだけ主張しても、そのまま背後から身体をぐいぐい押されて、廊下へと押しだされてしまう。 「だめです、だめですっ!」  通りすがりの脱衣所の戸口にしがみつくと、 「あっ、こらっ 手ぇ離せよ」と両手首を掴まれてひき離された。 「いいじゃないか。なかにもださないんだし、今夜はもう入らなくてもいいくらいだろ?」 「やです、やです、やですっ! なかにだしていいから!!」 「週末だし、やったらさっさと――」  暴れる自分を引っ張っていた篠山が、そこでぴたっと足を止めた。 「……?」 「お前……。実はなかだ――、むぐっ」 「それ以上下品なこと云ったら、怒ります」  篠山の口を咄嗟に塞いだ神野は彼が真摯に頷くのを確認してから、そっと手を離した。 「――うわっ⁉」  途端に肩に担ぎ上げられて悲鳴をあげる。 「お、下ろしてくださいっ! やっ、どこに行くんですかっ⁉」 「煽っといてなに云ってんだ? だから、ベッドだって」 「だから、お風呂ーっ」 「こらっ、ジダバタ暴れんな。落とすぞ」 「いやですっ! いやですっ! 降ろしてくさいっ! お風呂ーっ!! お風呂――っ」 「お前は素直でかわいいなぁ」

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