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第11話
「ふぅっ……、ぅん……」
まるで仔猫の鳴き声のような鼻に抜けるちいさな喘ぎを、篠山はちゃんと聞いてくれていて。なにも云わなくても、彼はいつも巧みにつぎに繋げてくれるのだ。
彼のものは既に力を取り戻していて、腰を緩やかに揺らして自分のなかをかき混ぜてくれる。
狭隘 な器官でクチュクチュといやらしい音がたつ。彼のものでやさしく肉壁を撫でられると燻ったままだった泡立つような掻痒 感は次第に宥 められていったが、それと同時にまた別の新しい快楽が生じはじめて、生唾がじゅわっと湧いた。
「あんっ」
のけ反った神野は、篠山の首に両腕をまわすとはしたなくも彼の腿に自分の脚を絡めた。反らした顎に、首に、口づけられて背筋を震わせる。
「篠山さん……っ」
彼の名まえを呼んだのは、再開のおねだりだ。
それからあとはどろどろに身も心も熔 かされた。身体を離すことなく後ろから突かれ、正面から揺すられ、幾度も体位を変えて挑まれて。
精魂尽き果て、神野がいろんな体液で汚れてぐしゃぐしゃになったシーツに沈んだときには、もう手指を動かすことすら億劫 なほどだった。
はぁ、はぁ、はぁ。
お互い大きく胸を喘がせ、息が整うまでふたりで重なりあったままでいたが、暫くすると篠山はいつまでも情交の名残で不随意に痙攣しつづける自分を、愛おしいというように抱きしめなおしてくれた。
彼にぎゅっと包まれるようにされていると、自分はやっぱりこのひとが大好きだと、喜びが満ちてくる。だからこのときはまだ胸をきゅんきゅんとさせていたのだ。
しかしそんな神野を幸せな気持ちから一転、最悪な気分にしてくれたのもやはりこの男で――。
「篠山さんっ⁉」
上体を起こして身を離した彼の下半身が目に入った神野は、ぎょっと目を剥いた。
「――なっ、なっ⁉」
数枚引きぬいたティッシュで自分と神野の陰部をさっと拭う彼が、「ん?」と答えるのにも、怒りと羞恥が極まった神野は瞬時に言葉が返せない。
「どうした?」
はくはくと動くだけの口もとに目を向けてきた篠山が、ついでのように体液で濡れた口から頬にかけてをティッシュでごしごしと拭ってくれるのに、「んむぅっ」ともがいた神野は、彼の手を跳ねのけると、肘をついて飛び起きた。
「なんでっ⁉ なんで付けてないんですかっ‼」
「え? ええっ⁉ ――あ、こら、暴れんな。トロトロ、トロトロ出てきてんぞ」
「あっ」
云われて咄嗟に脚を閉じるがもう遅い。嫌な音をたてて尻の間 から漏れた液体が、どろっと皮膚を這うように伝い落ちてきた感触に、カッとなって視野が霞んだ。
「あっ、――あなたのせいじゃないですかっ! ひどいっ」
「あぁ、ほら、脚ひらけ、」
無神経に股を手でぐいと割って、篠山が腿を拭いてくる。神野はもう言葉だけでは気持ちが追いつかず、きつく握った拳を彼の肩や胸に力いっぱい打ちつけた。
「最低ですっ、ばかっ! 篠山さんのばかーっ!」
「ばかって……、お前、俺だけのせいなのか⁉」
「だからお風呂、はいりたいって云ったのに! 汚れたままだって!」
「いたっ、ちょっ、暴れるなって!」
「篠山さんが病気にでもなったらどうするんですかっ」
「だいじょーぶだいじょーぶ。お前も俺も他のヤツとやってないだろ? 病気なんてないよ」
「そんなことだけじゃないでしょ⁉ ふつうに汚いでしょう! ば、ばい菌だってあるんだからっ!」
「ちょっとぐらい大丈夫だし、なにを今さらなこと云ってるんだよ。いままでだってなんどかそのままやったことあるだ――」
「そんなの知らないです!」
最後まで云わせずに、彼の胸をどんと突き飛ばした。
「あっ、また記憶障害発動させたな? それ都合よくないか⁉ あっ、こら痛いって、ベッドから落ちるっ、危ないってっ」
彼に乗り上げるようにして責め立てているうちに、後退していった篠山が本当にベッドの端から落ちそうになっていた。
「ほらっ、落ちつけって」
「やっ」
腰を抱かれてドサッとベッドに沈没させられた。優しく髪を梳かれてヒクッと喉が鳴る。
「あんま暴れんなって。終わったばかりなんだから、ちょっと安静にしてろよ。……そんな怒ることだったか?」
自分がこんなにかりかりしているというのに、篠山はあくまでも鷹揚な態度だった。声だっていつもどおり穏やかだ。
それは神野がとても好きな彼だったが、しかしこのときばかりは自分のこの憤 りとその理由をまったく理解してもらえていないんだと、ますます苛立ってしまう。
声を出そうとすると震えそうになる喉を落ち着かせるため、二三度深呼吸するとスンと鼻を啜った。そして恥辱に歪んでいた唇を割りひらく。
「篠山さんには、すこしでも汚いところを見せたくないです。汚いって思われたくないです。それで軽蔑されたり、嫌われたりしたら嫌です」
「んー、でも。セックスなんてこんなもんだよ? ……さっさと慣れろ」
こんなものだと云われても……。
甘い声で囁くように教えられても、納得しかねた。自分の経験値が浅いのはよくわかっているが、それならそれで篠山にはもうすこし自分に歩調を合わせて欲しいと思ったのだ。恥ずかしいものは恥ずかしいのだから。
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