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第12話
(それにこれって、セックスに慣れても、きっと絶対恥ずかしいことだと思うんだけど?)
恨みがましい涙の滲んだ目で篠山を見あげる。
「祐樹はどこも汚くなんてないよ。それに俺はお前を嫌ったりしないし」
「それでもダメです。私が嫌なんです」
「わかったわかった。これからは気をつけるから、な? 今日は許して?」
目尻にキスされると、頑なだった心がすこしだけとろんと和 らいだ。
「……私も、すみません。きつく云いすぎました」
いつも自分によくしてくれている恋人にたいして、叩いたり突きとばしたりはあまりにもひどい態度だったと反省する。
「これで嫌われたら、元も子もありませんね」
しゅんとする。
「そんなことないよ。こんなにプンプン怒っていたって、祐樹はかわいいったらないわ。祐樹、かわいい。――好きだよ」
「篠山さん……」
ほら、彼にかかると自分は簡単にほだされる。どうかしているのだ。そしてこんな歳の男にかわいいと云うこの男もどうかしていると思ったが、下りてきた甘い囁きと唇を、素直に受け止めることにする。瞼をおろすと目尻にひっかっかっていた涙がぽろりと零れて落ちていった。
セックスのあとの身体はすっかり落ち着いていて、触れ合うだけの口づけはもう自分の身体になんの官能も呼びおこさない。篠山の唇が角度を変えながら、戯 れるように唇を甘噛みしてくる。あれだけ拗ねていたくせに、そうされているうちにささくれていた気持ちがどんどん和 いでいった。
「じゃあ、約束してください、ね。これからはお風呂がさきって。ちゃんときれいにしてからじゃないとしないって」
「…………んー。でも、どうしてもいきなりしたくなったら?」
むむっと眉を寄せた篠山が小首をかしげた。
「だめです」
「えー。でも、どうしてもどうしても我慢できないくらい、すぐしたくなったら?」
クスクス笑いながら額同士を擦りあわせてきた彼が、瞳を覗きこんできた。じっと見つめられて、だんだん恥ずかしくなってきた神野は口籠る。
そしてどうしてもどうしても我慢できないくらいに、彼が欲しくなってしまたときのことを想像してみた。頬が火照ってきて熱い。
「…………そのときは、……かならず、……つけてください」
彼から視線を外して赤くなった顔で妥協案を口にした。避妊具の名まえは口にしたくなくてそこだけはミュートだ。
「ん。わかった」
頷いた篠山にぺろっと唇を舐められてふたたび彼に視線を戻すと、手をついて上体を起こした篠山がにやにやしていた。
「どうして笑っているんですか?」
「んー、いや、笑ってないよ」
彼がどうもよからぬことを考えているのではないかと気になる。せっかく和 いだ気持ちが再熱しそうな嫌な予感もしたが、それでも訊かずにおれなくて。
「……にやついているじゃないですか」
「いや……、だって」
そこで堪らずといったふうに篠山が噴きだした。
「なんですかっ」
「いや、ゴムなしですんの好きなの、祐樹のほうなのに思ったら、おかしくって」
「――っ⁉」
笑いながら云った篠山は、顔を真っ赤に染めてぎりっと唇を咬んだ神野に構わずつづけた。
「中でだすたんびにトロットロの顔でいい、いいって云って腰振ってたくせに、それを三度もだしたあとで、いまさら文句云うとか、あははははっ」
「なっ――」
「ないわー」
篠山が「理不尽だ」ときっぱり云ったのと、神野が彼のことを突きとばしたのは同時だ。ゲラゲラ笑いながら「痛 ー」と転がる篠山を後目 に、ベッドから飛びだした神野は寝室にある自分専用のチェストのなかから下着と服をとりだした。パンツに片脚を通そうとしたら、手をぐっとつかまれて阻止される。
「あっ、こらっ、服着るまえに風呂に行け」
「家で入りますから!」
彼がティッシュで内腿から漏れでた体液をごしっと拭いてくれるのに内心狼狽えたが、苛立ちのほうが勝っていた。
「え? 泊る――」
「帰ります!」
こんな気持ちで彼の腕のなかで眠れるわけがないじゃないか。いや、正直、彼の胸に寄り添って彼の匂いに包まれでもしたら、すぐに安心して眠れるのだろう。だからこそ今夜はここに居てはいけない。ここで過ごしていたらあっという間に懐柔されてしまう。
今度こそしっかり自分の怒りを態度と言葉で示して、彼のデリカシーのなさを本気で嫌がっているんだとわかってもらわなければいけないと思った。彼のことが好きだからこそ、彼の無神経な言動に振り回されて、もうこんな恥ずかしさに憤怒するなんてしたくはないのだ。
そうでないと、このままではいつかこのひとのことが本当に嫌いになってしまいそうだ。
「退 いてください、帰ります」
「あ、こらっ動くな」
「やっ、なにする――」
「ほら、せめてちゃんと拭け」
自分がこれだけ熱 りたっているというのに、なんでもないことのような態度で、汚れた内腿を拭いてくれた篠山は、そのあときちんとパンツまで穿かせてくれた。ついでに「挟んどけ」と丁寧に重ねたティッシュまで下着に挟んでくれて……。
むかっ。
「あの、私、怒ってるんですけど⁉」
憤懣遣るかたなく気持ちを言葉にしてみたらぎゅっと抱きしめられて、背中をぽんとやさしく叩かれる。
「わかってるよ。お前の場合はぎゃいぎゃい云っているうちはいいの」
「はい?」
よしよしと頭まで撫でられたが、そのセリフにまたカチンとなる。
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