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第3話

「……いっ痛っ……」  頭が割れるように痛い。胃もムカムカとして不快感が込み上げる。カーテンの隙間から指す光が、眩しいを通り越して痛い気さえした。  間違いなく昨日飲み過ぎたせいだ。陽介は酒に強くない。弱いというほどでもないが、一晩でワインをフルボトルほとんど飲んでしまえば翌朝酷い二日酔いで苦しむくらいには強くない。 「喉乾いた……」  アルコールのせいで明らかに脱水傾向だ。このままでは血管が詰まりそうな気さえする。  重い体をなんとか起こし、リビングへ向かう。  時計を見るとどうやら午前10時。いつもなら仕事をしている時間だ。有給を取っておいてよかった。こんな使い方をする予定ではなかったが。  修一はどうしたろう。いつもなら土曜日は午前の診療が終わり、陽介が帰宅する頃に起きだすから、通常であればまだ寝ている時間だ。  冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出し、喉を潤しながら考える。  ーー洗い物しないと。シャワーも浴びて、着替えたい。  浴室に向かおうと廊下に出た所で修一とかち合った。 「おはよう」 「うん……おはよ」  先に声をかけたのは修一のほうだった。俯向き加減で視線を合わせないまま返事をする。昨日あんな醜態を見せた後で合わせる顔はまだない。 「……シャワーか?」 「……そうだよ」  だから、ほっといてくれ。二日酔いでボロボロの起きたばかりの姿をまじまじと見られたくないのだ。  何か言いたげな様子の修一を無視して浴室にこもる。熱いシャワーを浴びながら、長い溜め息が漏れる。頭がハッキリとしてきた。  ーー出たら片づけをして、修一と話さなきゃ。  昨日の自分の態度や振る舞いについて、修一は傷ついているに違いない。今まで修一に手を上げたことは一度もない。陽介のことを温厚な夫と思っていただろう。  それなのに一方的に怒鳴りつけられ、暴力まで振るわれたのだ。さぞ落胆しているはずだ。  ーー最低だ……。  出たらまず謝らねば。そう心に決め陽介は浴室を出た。 「……陽介」  浴室を出てから着替え、リビングに戻った陽介をソファから立ち上がった修一が迎えた。 「……うん」  返事はしたものの修一はその後を続ける言葉が見つからないようで、こちらを見つめたまま黙っている。  こんなときでもカッコいいなと思わず見惚れてしまう。  181センチメートルの身長、スラリと長い手足、美形と言って過言ではない整った顔立ち。艶のある短めの髪は今日はセットされておらずサラサラと下ろしている。仕事の日はセットされて顕になっている額が今は隠れ、年齢より少し幼く見せた。刈り上げたうなじは清潔感があり、形良いラインを引き立てている。  陽介自身も患者やスタッフからはイケメンドクターなどと言われることもあるが、修一はその比ではない。本当の美形だ。その上性格は男前で優しく朗らかである。元はヘテロセクシュアルであったのに、陽介の愛に応えて、陽介だけに愛を誓って結婚してくれた最高のパートナー。  一度記念日を忘れられたくらいで感情的になって泣き喚き、傷つけて悲しませるようなことをしてはならなかった。 「……昨日はごめん。料理、捨てたのか」 「……うん」  ゴミ箱の中身に気がついたのだろう修一が言った。 「……食べたかったよ」 「また、作るから……」 「本当か? ありがとう」  再び沈黙か訪れる。  そういえば、洗い物をしないと。昨日の食器がそのままだったはずだと思い出し辺りを見回したところで気がついた。全て片づけてある。 「洗い物してくれたの?」 「ああ。食器は片付けたけど、鍋にスープがあったから頂いたよ。残りは冷蔵庫に入ってる。……美味かったよ」 「……うん」  陽介にたいして普段修一は、頂いたなんて丁寧な言葉は使わない。もっと砕けた口調で話す。今はそれだけ今陽介に気を使っているのだ。  距離を感じる。それが辛かった。  意を決して修一に話しかける。 「昨日はごめん、あんな態度ををとって。しかも手を上げた。二度としない。本当にごめんなさい」  そういって謝る陽介に、修一はひどく困惑した様子で反論した。 「なんでお前が謝るんだ。悪いのは俺だ。結婚記念日を忘れるなんて、本当に馬鹿だ。そろそろだと思ってたなんて単なるいい訳だ。せっかく作ってくれた料理だって、台無しにした。悪かった、……どうか、許してくれるか」  恐る恐る、といった体で近づいてきた修一が、するりと陽介の頬を撫でる。  久しぶりの、愛情のこもった接触に胸が熱くなった。目に熱いものがこみ上げて視界が滲む。 「うん……うん……。もちろん許す、許すよ。俺のことも許してくれる? 昨日手を上げたこと、本当にごめん」  陽介の頬を撫でる、昨日陽介が傷つけてしまった修一の手に自身の手を重ねた。 「許すってお前な、あんなの手を上げたうちに入らないよ。そんなこと気にしないでいい。そういうのは思い切りぶん殴ってから言ってくれ」  バカだなとからかう様に笑った。その笑顔がとても愛しく思えて、修一を力いっぱい抱きしめた。 「うん……俺、バカだから、分かんないから、側にいて教えてよ。だから、一人で寝るなんて言わないで」  一人にしてくれと昨日自分が言ったことを棚に上げ、修一の肩に顔を埋めながら懇願した。  そんな陽介に修一は反論することなくただ優しく抱きしめ返してくれた。 「ああ、言わない。毎日一緒に寝よう。これからはお前があっち行けよって言っても隣に潜り込んでやるからな」  覚悟してくれよ、修一が笑う。顔は見えないが声でわかる。陽介のことを甘やかしたくて仕方ないときの声だ。 「うん。そうして」  安心したら涙も引いてきた。出た涙は殆ど修一の服の肩あたりに吸収されていた。そしてその肩に顔を埋めたままだ。それに乗じてちゃっかり久しぶりの修一の匂いを嗅ぐ。  実にいい匂いだ。落ち着くような安心するような興奮するような、どことなく甘い修一特有の香り。ずっと彼を抱きしめたかった。 「おい、匂い嗅ぐのやめろって」  顔をうずめてスンスンと匂いを嗅ぐ陽介に、くすぐったそうに笑いながら修一は軽い抵抗をみせる。 「いいじゃん、ちょっとくらい。久しぶりなんだから」  ね、いいでしょ?と修一の抗議に反論した陽介は、もっとそれを楽しもうと首筋に鼻を寄せた。 「おい、こら……」  口ではそう言うが実際の抵抗は僅かなものだ。  本気で嫌がっているわけではないことが今までの経験から分かる。  そんなじゃれ合いを続けているうちに、徐々に体の中心が熱を持つ。愛する人を抱きしめてじゃれ合っているのだ。これはどうしたって仕方ない。  そして二人が密着している以上、それは相手に丸わかりだ。不自然に膨らんだボトム。それは修一も同じだった。 「なぁ……今からでも、一緒に寝るか……?」  修一の声音に情欲の色が交じる。陽介の耳元でささやく低音ボイスは、とてつもなくセクシーだった。 「うん。そうする。今すぐ」  二の句も継がず同意した。  どちらからともなく口づけをする。先程までの穏やかさとは打って変わって激しい行為が始まる。

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