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第10話
それから一時間ほどして、修一が帰ると言い出した。
来たばかりではないかと引き止める園田に対し、明日は仕事で早いのだと修一が断る。
会計を済ませ出ていく修一の後ろ姿を陽介は追う。
店の外で彼を呼び止めた。
「修……!」
ゆっくりと彼が振り返る。
「……陽介、久しぶりだな。……元気にしてたか」
「うん……。修も…………あれから、どうしてた?」
園田らの前では聞けなかったことを問いかける。
「……たいして変わってない。相変わらず仕事ばっかりだ。……お前は?」
「そうか。……俺も、同じ」
ーー4年前と同じ、今でも修一を想っている。
「髭、生やしてるのか」
「あの、これは……剃るのが面倒で」
陽介はみっともないところを見られたと、隠すように顎を撫でた。
「意外と似合ってるよ」
修一が笑った。彼と住んでいた頃はきっちりと剃り、生やすことはなかったから珍しく思ったのだろう。
「……俺、あの店でちょくちょく飲んでるんだ。また、会える?」
「…………ああ。また、そのうち行くよ」
少し思案した様子を見せたが、修一は再会の可能性を肯定した。
再会を確約したわけではないが、再び修一と接点を持つことが出来た。
それじゃあ、と陽介に背を向け、修一が離れていく。その遠ざかる後ろ姿が見えなくなっても、陽介はその方角を長いこと見つめていた。
もしかしたら、陽介に会いたくない修一は二度とバーに現れないのではないか、とも思ったが意外にも彼は来た。
それもたいてい金曜日か土曜日の晩で、週一度は顔を合わせるようになった。
初めのうちこそ、どことなく気まずい会話ではあったものの徐々に打ち解け、園田や他の常連客などを交えながら、お互いの近況などを話すようになっていた。
二人とも周囲にはかつて結婚していたことは話さなかった。おそらく喧嘩別れした古い友人、とでも思われているのだろう。
誰かを交えて談笑することはあったが、二人きりで話すことは殆どなかった。
ある日、したたかに飲みすぎた修一を、陽介が送ってやることになった。修一自身は一人で帰れるから大丈夫だと言っていたが、足元は覚束ない様子だ。昔馴染みなんだから送ってやれよと、皆、陽介に押し付けて帰ってしまった。
タクシーを捕まえたものの、修一がどこに住んでいるかは知らない。
ーーかつての自宅に連れ帰ってもいいだろうか? いや、修一は嫌がるかもしれない。
せっかくまたいい関係になってきたのに、ここで壊してしまうのは嫌だった。
そう思って陽介は修一の体を支え、運転手に近くのビジネスホテルへと向かうよう指示した。
そういえば二人が付き合う前、今のように酔って前後不覚になってしまった修一を介抱したことがあったなと、陽介は懐かしく思った。
バーから最も近いビジネスホテルへと入った陽介は、足元の覚束ない修一をベッドに腰掛けさせる。
「大丈夫? 水でも持ってこようか」
「……ああ、頼む」
先程までは、「うん」と「ああ」しか言えないくらいには泥酔していた修一だが、時間が経つとともに何とか会話が成立する程度には、少しずつ酒が抜けてきたようだ。
ミネラルウォーターを取りに行こうと、ベッドを背にした陽介の背後で、ポスンと音がした。
よく冷えたミネラルウォーターを備え付けの冷蔵庫から取り出してベッドへ戻ると、側臥位となった修一が目を伏せている。
「ほら、水。持ってきたよ」
「……ありがとう」
どうやら眠ってはいないようだ。隣に座り、持ってきたボトルを、修一の手に持たせてやる。
そこから動こうとしない修一を見かねた陽介は声をかけた。
「大丈夫? 手伝おうか」
「いや、いい……」
ようやくといった体で修一は体を起こすと、陽介が渡したボトルを開け口をつける。
嚥下とともにコク、コクと上下する修一の喉仏から目が離せなかった。
「ッ……!」
修一が大きく咳き込む。水が気道に入りむせたのか、顔を紅潮させて苦しそうに咳を繰り返している。
口から溢れた水が修一の形良い唇を濡らす。修一は口元を拭ったが、拭いきれなかった水が顎から首筋を伝い、ワイシャツの下に流れ込む。
不足する酸素を取り込もうとしているのか、修一の息は荒い。
行為中の姿を連想させるその様子に、陽介は自分の体が熱を持ってきたことを感じる。
修一ほどではないが、陽介もそれなりにアルコールが回っている。それは陽介の理性を溶かすことに、おおいに影響した。
呼吸の整ってきた様子の修一に引き寄せられるように顔を近づける。濡れた唇はとても扇情的だった。
「修……」
「……? なんだ、ようす……っ」
陽介の名前を最後まで発する前に、その口を塞いだ。
優しく唇を合わせる。修一の反応を窺うように下唇を啄んだ。
「ん……っ」
突然の行いに、修一の体が硬直するのが分かる。困惑しているのか、ボトルを持っていない方の手が陽介の胸元の服を掴み軽く押される。
だがそれは本気の抵抗ではない。いくら酔っているとはいえ、体格はさほど変わらないのだ。本気で抵抗しようと思えば十分に陽介を押しのけるだけの力はある。
ーーつまり修一は、この行為をまんざらではないものと受け止めている。
その事実に陽介は興奮する。更に口づけを深めようと、舌で修一の口腔内への侵入を試みる。
すると、その意図を察したのか、修一はおずおずと閉ざしていた口を開いた。
夢中になって舌を絡ませる。ぴちゃ、ぴちゃと水音が鳴る。
興奮の勢いそのままに、修一をベッドに押し倒した。
修一の顎を掴み、逃れられないようにして口腔を貪った。
「んんっ、んく……っ」
突然の、情熱的とも乱暴ともいえる行いに、修一は抵抗する様子をみせる。しかし、それも先程と同様、本気の抵抗ではない。
4年振りに交わした口付けだった。
数十秒か、数分か。ようやく満足した陽介は唇を離した。
修一の頭の横に手をつく。
貪るような口付けで赤く、少し腫れた修一の唇は二人の唾液でてらてらと濡れていて、それがとても淫猥だった。その唇に触れたくて、陽介は親指を添わせた。
「痛っ」
かぷ、と修一がその指を噛んだ。思わず手を引っ込める。
直前までぼんやりと陽介を見ていた修一が、ジロリと睨みつけていた。
やはりまずかったか。キス自体がだめだったのか、やり方が問題だったのか。いや、修一は受け入れてくれていたはず。
パニックに陥りかける陽介に、修一は思い掛け無い一言を告げた。
「……水、こぼれただろうが」
口付けについて非難されているのではなかったようだ。
床に目をやると確かに、落ちたボトルから水がこぼれ、カーペットを濡らしている。
何だそんなことかと、陽介は安堵した。
床が濡れようが汚れようが今はそんなことはどうでもいい、早く次に進みたい。体の中に渦巻く熱は口付けだけでは収まらない。
「後でホテルの人に謝っておくよ。だから今は」
一刻も早く繋がりたかった。こんなに興奮を覚えているのは、最後に修一とセックスしたとき以来だ。つまり、4年以上も前。
誰とどんなセックスをしても、修一とした時以上の興奮は得られなかった。ーーまるで、呪いだ。
「……ね、いいでしょ? お願い……」
何を、とは言わなかった。
修一に身体を擦り寄せ、下半身の興奮状態を伝える。すると、修一の下半身も同じように興奮していることが分かった。
「……ああ」
しばらく使っていなかったのか、修一の後孔は思っていたより頑なだったが、陽介がほぐし始めると、そこが快楽を得る器官であることを身体が思い出したかのように轟き始めた。
陽介は、4年の空白を埋めるように修一の身体を貪った。激しい行為に、修一は昔のようにただ声を殺して喘ぐばかりで、止めろとも、嫌だとも言わなかった。後孔を執拗に責め立てながら、陽介が気持ちいいかと問うと、壊れた人形のようにコクコクと頷く。
「修、修……!」
砂漠をさまよい歩いた人間が、ようやくオアシスを見つけてその水に群がるように、修一の身体を求める。
陽介の心は4年振りに満たされた。
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