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第11話

 二人が4年振りに肌を合わせて以来、その後も陽介と修一は時折体を重ねる関係となった。  週末に会い、軽く飲んだ後にどちらからともなく誘いホテルへ行く。  二人は恋人として付き合うと明言しているわけでもなかったし、お互いの家に行くこともなかった。  陽介は一度それとなく陽介の家に、かつて二人で住んだ家に来ないかと誘ったことがあったが、はっきりとではないが遠回しに断られてしまった。修一は一度破綻した二人の関係を今以上には深めたくないのかもしれないと、陽介は密かに落胆した。   ーー今の俺たちって、何なの?  そう修一に問いたかったが、踏みとどまった。  客観的な事実だけを述べれば、週末だけ会い酒を飲んでホテルでセックスをする。昼間のデートはしたことがない。お互いのプライベートはあまり知らず、自宅を行き来することもない。交際を提案されたわけでもなく、体の関係を続けている。  もしこの状況を修一と同じヘテロセクシャルの男女に当てはめるのならば、この関係はただセックスフレンドだろう。  同じ男だからこそよく知っているのだが体の関係が先行し、男がその関係について明言しない場合それは大抵の場合において相手を都合の良い性欲処理相手と考えている。そしてただの性欲処理相手から交際の明言や好意をぶつけられた場合、その関係は大概破綻する。性欲処理だけが目的なのに、余計な付属物は鬱陶しいのだ。  男女の交際において男は、真剣に相手を好きならば相手を不安にさせないためにはっきりと「付き合おう」というのがスタンダードだ。欧米ではそういった交際宣言はしないらしいが、ここは日本である。   ほとんどの男は感情抜きでセックスが出来る。陽介だってそうだ。以前口の悪い友人が「セフレとのセックスは排泄と同じ」などと言い放っていた。たいそうモテる男だったから、そういった相手には困らなかったのだろう。周りの友人らも同意していた。若さゆえの粋がった言動なのかとも思うが、男にそういう一面があるのは確かだ。  修一が男で元々ヘテロセクシャルとはいえ陽介と修一は普通の男女の交際ではないし、何より元夫である。そのパターンに当てはまらないかもしれない。  陽介はこの関係について踏み込むことが出来ずにいた。今以上の関係を望んだ結果、修一に疎ましく思われるかもしれないとを思うと、とてもではないが軽々しく言葉にはできなかった。  それに以前、やっと手に入れた奇跡が指の隙間から砂のようにこぼれ落ちていく絶望感はまだ記憶から消えていない。  二度目の奇跡が起こりかけているのだ。次こそはさらに慎重に進めるべきなのだ。神は三度も奇跡を与えるほど寛大ではないだろう。  よって陽介は修一と、とうてい恋人とは言えないセックスフレンドのような関係に甘んじていた。  しかし先日は募る想いがつい口を出てしまった。  セックスの最中に感情が昂って、絶頂寸前に思わず「好き」と言ってしまったのだ。  しまった、と思ったが遅かった。溢れたミルクは戻せないのだ。  どう誤魔化そうか慌てていると修一は一瞬、驚いたような顔をしてから「俺もだよ」と言ってくれた。  陽介の発言に修一はただ同意してくれただけだ。以前のように瞳に愛しさを滲ませて、愛してると言ってくれているわけではない。  恐らく陽介の焦る様子を見て、セックスの盛り上がりを白けさせないようにするためのリップサービスの一環なのだろうと陽介は思った。  それでも、同意してくれたことに歓喜がこみ上げる。  ーー今の二人ならまたうまくやれるのではないか。  もうあの頃のような失敗はしない。感情的になり、それを一方的にぶつけて修一を困らせるような真似はしない、束縛もしない。番契約も、子供だっていらない。ただ二人でいられるならばそれでいい。修一と離れていた4年間を経て、それを痛感した。  あれほど愛した人はいない。誰も代わりになどなれないのだ。  そして別れたことで心に空いた穴は、修一が再び埋めてくれた。  ーーいつかもう一度、結婚しようと言ったら受け入れてくれるだろうか。  もちろん今すぐに言う気はない。もう少し関係を深めて、再び修一が陽介の愛を受け入れてくれたのならばその時に言うのだ。もう一度結婚してくれないかと。  しかしどうしても修一の私生活が知りたくて、修一の家に行ってみたいと恐る恐る聞いたところ以外にもあっさりとOKが出た。  修一は二人の関係に踏み込んでこようとしない。自分のことはあまり話したがらないので、陽介に対してセックスの相手ならいいが、自分の私生活に踏み込まれたくないのではと危惧していたのだが杞憂であったようだ。  どんなふうに切り出すのが自然か。断られたときはどう反応したらよいか。様々なパターンを考え、タイミングを見計らって、修一の機嫌が良さそうな時に勇気を出してようやく伝えたのに、あんなに悩んでいたのは何だったのかと拍子抜けした。  部屋を片付けてから呼びたい、月末の土曜日の夜なら空いているから一緒に夕飯でもどうかと、3週間後の週末に訪ねることになったのだ。  部屋が散らかっていようが気にしない、直近の週末ではだめなのかと陽介は提案したがきっぱりと断られた。  仕方がない。せっかく自宅へ招いてもらうことを許可されたのに、ここで食い下がり修一の機嫌を損ねるのは得策ではない。そう考えた陽介は3週間後という修一の提案を飲んだ。  4年も待ったのだ。3週間くらいどうということはない。それまで会えないというわけではないのだ。今週末だって今までみたいに外で会ったらいい。  陽介はそう自分を納得させた。  後日、ここに来てくれと送られてきた住所には、隣の区のそれほど遠くない場所だった。  手土産に、デパートで修一の好みの酒でも買っていこうと思い約束の時間にはまだ早い午前中にも関わらず待ちきれなくて家を出た。  ーー日本酒にしようか。美味しいチーズのある店があるからワインでもいいかな。  浮き立つ気持ちで売り場を眺める。  ふと、スラリと背の高い見知った後ろ姿を見かけた気がした。  思わず目をやると珍しく私服姿ではあったが間違いなく修一だった。  何という偶然だろう。早めに会えるなんて嬉しいと声をかけようとした陽介は凍りついたようにその場で立ち止まる。  え、と思わず声が漏れる。  修一の腕に抱き上げられている幼児を見たからだ。  3歳か4歳位の男の子で、怯えた様子もなく抱かれ慣れているかのように修一の腕に収まっていた。  そしてその隣には女性。20代後半と見られる母親らしき女が、修一と楽しそうに談笑していた。  女の左手は幼児を抱く修一の上腕に添えられ、とても親しそうに見える。  フロアの案内板の前に立つ3人に見つからないよう慌てて近くの通路に入った。  ーーいったい、どういうことだ。  3人の姿は、誰がどう見ても仲睦まじい親子に見えた。一瞬見ただけだが、子供は心なしか修一に似てはいなかったか?  なにかの間違いかもしれない。そもそも修一ではなく、人違いかもしれない。きっと赤の他人で間違っても修一の家族などではない。  もう一度確認しようと通路の影から3人を食い入るように見つめた。  行く場所が決まったのか、三人はどこかへ向かおうと歩き出すところだった。  歩き方、横顔、体格。  修一に間違いないと確信する。  しかしあの二人、特に女は誰だ。友人? それならば夫はどこだ。兄妹? 姉妹はいないと知っている。ーーもしくは、妻。  順当に考えるのならばそうだろう。10人中9人はあの様子を見て家族と答えるはずだ。それくらい、あの三人は微笑ましい自然な『家族』に見えた。  陽介が、どんなに望んでも手に入らなかったもの。  子供ができれば、番にならずとももっと修一と強固な関係が築ける。そう信じて修一へ望んだもの。  そしてそれをどんなに懇願しても拒否され、別れの原因にさえなったものなのに、なぜ今それを腕に抱いている?  陽介は最悪の想像に頭を抱えてその場にしゃがみ込む。その不審な様子に、周囲の何人かが胡乱げな視線を向けたが、今の陽介に気にする余裕はなかった。

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