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ヤンデレ編1 受け視点
ーー幸せな夢を見ていた。
つまらない誤解が解けて、愛するものと結ばれるとても幸せな夢。
夢の中で陽介は俺が思いもしない誤解をしていた。俺が女性と結婚して子供もいるのに、それを隠して陽介と不倫をした挙げ句、セフレ扱いをしていたというのだ。
その後の話し合いでようやく誤解は解け無事プロポーズを成功させた。
どこか現実感があって、はっきりと記憶に残る夢だった。
俺は目を覚ました。感触からすると、どうやらベッドの上らしい。重い瞼をなんとか持ち上げると視界は霞んでいる。
ベッドに横になった記憶はないが、いつ眠ってしまったのだろうか。
それにしても頭と体が重い。胃のあたりもムカムカとする。いつの間にか飲み過ぎたのか? ……しかし酒を飲んだ記憶はない。
寝起きの頭で訝しみながらようやく焦点を合わせる。すると、こちらに背を向けけてベッドの端に腰掛けている陽介の背中が目に入った。
ーー陽介。
そう声をかけたつもりだったがくぐもった音が出るだけでうまく言葉にならなかった。口を塞がれていたからだ。どうやらテープのようなもので口元を覆われているらしい。
それを剥がすために手を持ち上げようとしたが届かない。
なぜなら腕もガムテープのようなものでぐるぐると後ろ手に拘束されているようで、びくともしなかったからだ。
ーーいったい、どうなっている?
俺は混乱した。とりあえず目の前にいる陽介に助けを求めようと、うまく動かせない体をよじらせ身を起こそうと試みる。すると俺の動きに気がついたのか陽介が振り返った。
「ああ、気がついた?」
スマートフォンを手にした陽介が落ち着いた様子でこちらを振り返り俺に話しかける。
俺が縛られているのになぜそんなに落ち着いているんだ。
俺は視線で陽介に助けを求める。
「気分はどう? 気持ち悪くない?」
こちらの体調を気にかけているがそれどころではない。先に腕の拘束を解いてほしい。
二人でいるときに押し込み強盗にでも巻き込まれたのか?
異常な状況に陽介の身が心配になったが、見たところ陽介は危害を加えられた様子はない。俺のように拘束もされてはいないようで、とりあえず安心した。
それにしてもなぜこんな状況に? 混乱しながらも言葉にならない声で、助けてくれと必死で訴える。
「大丈夫そうだね」
大丈夫なものか。お前は無事なのか。一体何があった?
聞きたいことがたくさんあるのに話せないのがもどかしい。陽介はこちらの意図を汲んでくれない。なぜこの異常な状況から助けてくれないのか?
「お腹は痛くない? 思いっきり当てちゃったから。……ああ、少し火傷になってる。ごめんね」
俺の着ているセーターを捲くり脇腹をみた陽介が言った。
言われてみたら確かに脇腹のあたりがヒリヒリと痛む。
ーー当てた? 何を? 陽介が俺に……?
そう考えたところで思い出した。今日は俺の家で陽介と一緒に食事をする約束だった。
そして俺は、陽介にプロポーズを計画していた。かつての結婚記念日に陽介が俺のために作ってくれた手料理を再現して、今の気持ちとこれまでの謝罪を伝える。それを陽介が受け入れてくれたのならば彼のサイズに直した、かつて自分が着けていた結婚指輪をプロポーズの言葉とともに渡すつもりだった。
気障すぎるかとも思ったが陽介なら喜んでくれそうな気がした。
陽介との約束は夕方の時間だったから午前中に指輪のサイズ直しが終わったと連絡のあった店に品物を取りに行き、その帰りに久しぶりに会った幼馴染と昼食をとった。
帰宅した後、陽介から予定の時間より遅れると連絡があって俺は料理の下ごしらえをして待っていた。
しばらくすると陽介がやって来たので部屋に招き入れ、中へ案内しようと背を向けた……ところから記憶が曖昧だった。背後からバチバチというスパーク音のような音がしたような気がする。何かと思って振り返ろうとした瞬間、脇腹の熱さと全身が硬直するような激痛に襲われたのだ。
突然の衝撃に思わず前のめりになって倒れ込んだところで、首筋に針を刺されたような鋭い痛みが走った。
……その後の記憶は全くない。
部屋に陽介を入れたとき彼は一人だったように思う。では陽介が俺をこうしたということか?
「料理、美味しかったよ。わざわざ作ってくれたんだね、ありがとう。冷めちゃうと悪いから先に頂いたよ」
状況にそぐわずまるで世間話でもするかのような口調で、陽介は未だ混乱する俺に話しかける。その口元は笑みの形は作っているが目は笑っていないように見えた。
彼の意図が全くわからない。その表情に空恐ろしいものを感じながらも俺は陽介に訴えかける。
悪戯にしてはたちが悪すぎる、早く拘束を外してくれないか。
度を越した悪ふざけに俺は視線に怒りを込めて陽介を睨んだ。
「恐い顔しないでよ。怒ってるの? ……でも修一が悪いんだよ」
ーー俺が悪い? まさか俺はまた、陽介を傷つけるようなことをしてしまったのか?
かつての結婚生活を思い出す。
陽介は仕事ばかりでほとんど家にいない俺を良く思っていなかった。せっかく結婚したのに寂しい、もっと家にいてくれと。
俺に気を使って直接的には言わなかったが、湾曲的に別の言葉や態度で表し、その気持ちは十分に伝わっていた。
特にその傾向が顕著だったのは出世を競う同期や先輩、後輩らの中からなんとか頭ひとつ抜け出て、案件を取り仕切る実質的なリーダーを任されたばかりの頃だった。
やり遂げる自信はあった。弁護士として実績を残す大きなチャンスだったが同時に、それがコケれば事務所で俺は終わりだった。出世の目は消える。何度もチャンスを貰えるほどトップ事務所の出世レースは甘くない。俺程度の能力の人間など後から次々と湧いてくるのだ。
寂しい思いをさせていることはわかっていたが、その時はどうしても仕事の手を抜きたくなかった。全力でやり遂げたかったのだ。
その頃の俺は上昇志向や承認欲求に取り憑かれていた。
俺は『Ω』だ。
知能もフィジカルもαやβに劣るとされ、優れているのは繁殖能力だけ。社会的にも弱者とされ、周期的に起こる動物のような発情期には両者を惑わす。αと番えばその関係に一生を左右され、抗うことはできない。
昔から俺は自分がそんな『Ω』であることを認めたくなかった。それに当然、周りの人間にもそれを認めさせたくなかった。だから必死で勉強して、体を鍛えて、いい大学に入って資格を取り、業界トップ事務所の就職試験をくぐり抜けて馬車馬のように働いた。
法曹業界は良くも悪くもそれなりの教育を受けたエリート集団だ。モラルやコンプライアンスに反するような差別的な言動はしない。だがわかるのだ。彼らは意識的にしろ無意識的にしろ『Ω』は弱者で、庇護するべき存在で、αやβより劣るものであると位置付けている。特にバース性がαの者はその傾向が顕著だ。
その選民思想を覆してやりたかった。少なくとも俺は他のΩとは違う、お前らと変わらない、普通の男なんだと認めさせてやりたかった。
そうして陽介との時間を犠牲にして、その結果彼を傷つけた。
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