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第2話
(なんだ……?)
二十センチほど開いたまま動かなくなった扉に首を傾げながら近づいていくと、そこからこそっと外を覗きこんでいる宝の姿に気づく。
部屋にいない自分を探して、回廊の外に出ていいのかどうか悩んでいるのだろう。イアンはくすっと笑った。
扉に手が届きそうなところまで近づいたところで、身体を隠しながらきょろきょろあたりを見渡していた彼が人影に気づいてびくっとする。小動物のようなその仕草がかわいくて堪らない。イアンは自分の不機嫌さが一瞬で霧散したことに苦笑した。
「宝、来ていたのか?」
「イアン」
宝は目のまえの人物が自分だと知るとほっと息を吐いてから、さもうれしそうに名まえをを口にした。
うち開きのドアを開けるときには後退り体を引いてくれたが、なかに入りこんでガチャリと扉を閉めると同時に、顔を赤らめて自分に抱きついてくる。
(なんだ、このかわいい生き物は、ほんと、かわいすぎる!)
ぎゅっとその身体を抱きしめ返してみると、なんと風呂や森林浴よりも絶大にリラックス効果があるではないか。
これなら日中にあった嫌なことをすべて忘れてしまえるだろう。堪らないと、さらに抱く腕に力をこめてぎゅぎゅっとすると、胸のなかでもがきだした彼に背中をドンドンと叩かれた。
「イ、イアンッ、苦しいよっ」
「ああ、悪い。つい……」
すぐに腕を離し一歩身を引くと、彼を解放してやる。しかしそれは彼の意には沿わなかったらしい。宝は眉を寄せて不満そうな表情になってしまった。もちろんそんな顔をさせるつもりはなかったので、すぐにまた抱きなおしてやる。こんどは女性を抱くときと同じ力加減にしてみたが、彼にはそれでちょうどよかったようだ。宝は拗ねた表情をしつつも、耳まで赤くして胸に顔を埋めておとなしくなった。
(どうしてこの男の挙動は、いちいち俺の好みなんだ?)
「宝、会いたかったよ」
「……うん。俺も」
「学校はちゃんと行ったのか?」
昨日王宮から神殿に戻ったあと自分から離れようとしなかった宝は、結城に首根っこを掴まれ「明日学校があるでしょうがっ。さっさと帰って歯ぁ磨いて寝なさい!」と怒られていた。そしてそのままプラウダの開いた魔法陣に放り込まれてあっちの世界に帰っていったのだ。
そのときの宝が半泣きでこちらに手を伸ばしていた姿が忘れられない。イアンは胸にある宝の頭を撫でながら苦笑した。
「うん、行ってきたよ。でも、今日は四限までだったから、はやくに帰ってきたんだ。イアンに会いたかったから、さっさとご飯も食べて、お、お風呂も入って、……寝るだけにして……で、ここにきた」
それだけを云うのに、なにを耳まで朱 に染めて恥じらう必要があるのだろう。好きな男に会いに来るのに、ここまで恥ずかしがるとは、ほんとうに宝は可憐で初々しい。
「あぁ。宝のほうから会いに来てくれてうれしいよ」
どんなに疲れていたとしても、一日の終わりに恋人の顔を見たいと思うのは、だれしも同じだろう。しかもできたばかりの恋人となればなおさらのことだ。
しかしこんな他人 が就寝するような遅い時間に、宝には甘えていいとしてもさすがに魔法陣を開くためだけにプラウダを呼びつけるなんてことはできはしない。
「今日はもう会えないかと、残念に思っていたんだよ」
「イアン、だったらよかった」
耳元でありがとう、と告げると宝はうれしそうにはにかんだ。
家で気の強い女兄弟に挟まれて育ったイアンは、もともと女性というものに甘い幻想を抱いてはいない。そのうえ街を歩けばやや常識に欠ける少女どもに後を追い回されて、宮仕え中には幼馴染のバリッラエルに絡まれる。
イアンは決して女性を卑下しているわけではないが、うんざりはしていた。
対して宝はというと、男であるのに、果敢無 げでなんとも愛らしい。しかも自分にひたむきに心を寄せてくるところが、男心を擽ってくるのだ。
宝の性別はさておき、これで落ちない男はいるのだろうか、とイアンは深く思っていた。
お陰さまでいまも兆しはじめた生理反応に、イアンは頭を掻く。キスもまともにできないような初心 な宝のペースにこのままつきあっていたら、あっというまに朝になってしまうだろう。おままごとはこれくらいで切りあげることにして、イアンは「ベッドに行こう」と彼に声を掛けた。ぴくんと肩を揺らした宝の背中と膝裏に手を添えると、ひょいと彼を掬い上げる。
「うわっ、イ、イアン!?」
慌てて叫びはしても、宝はそのままベッドまでおとなしく運ばれてくれる。落とされるのが怖くてじっとしているのか、それともこの恋人もベッドのうえでの行為を期待しているのだろうか。
そっとマットレスのうえに下ろしても、彼は離れがたいのか、首に回した腕を離しはしなかった。こういうところがまたかわいい。擡 げはじめていたペニスが、さらに固くなる。
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