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第23話◇
【side*玲央】
月曜午前中。
集合時間よりもかなり早めに、練習場所に到着。まだ誰も来ていないので、ソファに腰かけた。
週末、珍しく、ものすごく清らかな生活を送ってしまった。
土日にふらっと一人で買い物に行くのはいつもの事だけれど。そのまま、どこにも遊びに行かず、誰とも会わず、まっすぐ帰るなんて滅多にない。
スマホには色々な誘いが入っていたのに、どれもその気にならず。
……すげー、変。
理由は分かってる。
優月の事が、なんとなく、頭にあるから。
……正直、優月の顔は、この週末でぼんやりと薄れてきた。
あの時、顔は見つめてたけど、はっきり思い出そうとしても、頭に浮かべられない。ほんとに「普通」だったからなあ。目元にほくろがあったなとか、肌が白くて、すぐ赤くなって、涙浮かべて……覚えてるのはそこらへん。
……そんな風に、顔すら、うろ覚えだっていうのに。
――――……自分の中に、優月の存在があった。
あの時、もっとキスして、もっと触りたいと思った、その感覚。
それが消えなくて。何となく、誰とも会う気がしなかった。
……何だこれ。
これ、優月が今日、来なかったら、すげー困るな……。
優月、学部どこだろ。
会った事ねえよな。……いや、目立たな過ぎて、会ってても分かんねーのかも。そこら辺ですれ違ったって、間違いなく素通りするタイプだった気がする。
――――……ぱっと見、全く好みでもなかったのに。
至って普通な感じだったような気がする。
男も何人か関係があるけど、あいつらは、パッと見、誰が見ても綺麗な顔してるというか。
なんだかんだ、やっぱりセフレは女が多い。
――――……じゃあ、何でだ。
何で、セフレや諸々の誘いを断り、土日、買い物以外清らかに過ごして。
何で、今、こんなにソワソワしてる。
「――――……」
思わず額に手を置いて、前髪を掻き上げながら、深い息をついていると。
「……うわー……今日も玲央がおかしい」
いつのまにか練習場所に来てた、勇紀と甲斐がドアの所で固まっていた。
この大学には9棟の校舎があり、校舎の内外に学食が5つ。少し離れた所に様々な部活やサークルの部室があり、更に離れた所にバンドのサークルの棟がある。
サークルとしてのバンド活動が盛んで、学内でのライブ活動なども割と自由にできるので、バンドを「サークル」として登録してある。普段たまり場として使える部室もあるし、予約をすれば、練習もできる防音の部屋も借りられる。
金曜のような遅刻はしないが、大体時間ギリギリなので、まあ、二人が固まっていても、仕方はないのだが……。
「玲央が一番乗りって……やばいよな、甲斐」
勇紀の言葉に、甲斐も、苦笑いで頷いてる。
「しかも今日は、なんか悶えてんな?色っぽいぞー?」
勇紀が可笑しそうに笑いながら、隣に座る。
「……るせーな」
「なんなの、どーした?週末なんかあった?」
「何もねーし」
「うっそばっか! じゃあなんで、ソファの上で頭かかえてんだよ?」
「ほっとけ」
そう言ったオレに、甲斐が鍵を差し出してくる。
「部屋サンキュ。掃除も電話しといた」
「ああ。 完了の連絡メールきてた」
鍵を受け取り、そうしながらまた、ため息をついてしまう。
「何その深いため息。 玲央、やばくねえ?」
「……やばくねーよ」
その時、またドアが開いて、颯也が入ってきた。
「悪い、ギリギリだった」
言いながらオレを見た瞬間。
「……何、お前また何かあった?」
嫌そうな顔の颯也に、甲斐と勇紀は苦笑い。
オレは、ますますため息で、がっくりうなだれた。
「……だから特に何も無えし」
あるとしたら、これから。
――――……5限が終わった後。
「さっさと練習しようぜ」
ギターを手に立ち上がり、マイクの前に立つと。
「あ、また逃げた」
甲斐の言葉と。
「いつもは何でも話す癖に、余計気になるじゃん!」
勇紀の言葉と。
「やばい事なら、さっさと言えよな」
颯也の言葉。
「……いーから、早く来いよ。週末のライブまでにこの曲仕上げるんだろ」
「まーそうだけど……さ」
よいしょっと、勇紀が立ち上がる。
昼の練習を終えて、5限の授業に出席して。
それから、約束した、あの場所に向かった。
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