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第28話◇

【side*優月】  辿り着いた時に居たのは、ベンチの上に、クロだけ。  玲央の姿は、無かった。  帰っちゃったのか。  ――――……もともと、来てないのか。  はぁ、と息をつく。  ――――……時計を見ると、もう、5限が終わってから1時間。  どっちにしても。  もう、会えない。  少しでも、一緒に居られる可能性――――……もう無いんだなと思うと、胸が締め付けられる。  ……なんで、オレ――――……来なかったんだろ。   「……クロ、何でベンチにいるの?」  あんまりクロが自分でベンチに座ってる事はないので、ちょっと珍しい姿。 「……クロ」  ベンチのすぐ側に立って、クロを撫でていたけれど。  はー、と息をついて、芝生にぺたん、と座り込んだ。  こんなに急いで来て、バカみたいだ。  来ないって決めた時点で、もう、諦めるべきなのに。  ――――……智也と美咲に言われたからじゃなくて。  自分で、行かない方が良いって一旦、決めたのに。  ……もう間に合いそうにない時間になってから、後悔して。 「おいで、クロ」  言うと、クロがベンチの上から降りて、オレの隣に丸まった。  ふ。可愛い。  少しだけ緩んだ気持ちのまま、よしよし、と撫でる。  しばらく無言で、撫で続けてから。 「クロ、いつからここに居たの?」  クロが撫でられながら、オレを見上げる。 「……玲央、ここに居た?……って、分かんないよね」  クロが分かる訳ないし。……分かってくれても、答えてくれる訳もないし。……何言ってんだ、オレ。  はあ、とため息。  玲央、待っててくれたのかなあ……。  ――――……こないだの感じだと……来てはくれたかもしれない。  来いよ、て言ってくれたから。  でもきっと……オレの事なんか、そんな待ってくれるわけないから……  少し遅れただけだって、きっと会えなかっただろうし。  ……ていうか、そこらへんだって、分かってたのに。  こんな遅れてから急いできたって、居る訳ないのに。  俯いてた瞳から、ぽつ、と涙が零れ落ちた。  うわ。  ……なに泣いてんだ、オレ。  ……自分で来ないって決めたのに。  ――――……泣く権利なんか、無いのに。 「……バカだなー……オレ……」  クロのふわふわに癒しを求めて、なでなで触れていると。  急に、人の気配。 「え……」  驚いて、人の気配を振り返った瞬間。  そこに居たのは。  玲央、で。  え、なんで?  そう思ったきり、何も頭が働かない。  涙で視界が、少し滲む。 「優月……」  願望の幻かなと思い始めていたところで、そう呼ばれて。  玲央は、オレの前に、膝をついて座った。  まっすぐに、見つめられる。 「れ、お……?」 「猫に会いに来た、とかじゃないよな?」 「……え?」  猫に会いに来た?  何て答えたらいいのか分からなくて、見上げていると。 「今ここに居るって事は……オレに会いに来たって事で良いか?」 「……っ」  ……うん。  ――――……玲央に、会いに来た。  そう思ったら、玲央を見つめていた瞳から、涙が零れ落ちた。  分かってはいたけど、それに構っていられないくらい、もう、頭の中が、いっぱいいっぱいで。聞きたいことだけが、口から零れた。   「なんで……ここにいるの、玲央……」 「……お前、待ってたから」  1時間も経ってるのに。 …待っててくれたんだ。  あれ、でも今、居なかったのは…  一回帰ったけど、また来てくれた、とか……? 「……何で今……居なかったの?」 「――――……これ」  玲央は、ちょっと微妙な顔で。  手に持ってたものを差し出してきた。  クロの、おやつ? 「……? クロの??」  受け取って、何でこれを玲央が持ってるのか分からず、首を傾げる。 「……お前、もう来ないと思って、そん時こいつが来たから……何か食べさせて帰ろうと思って、コンビニ行ってた」  クロのおやつを?  ――――…玲央が、わざわざ、買いに行って、きたの? 「……なにそれ」  何だか泣き笑いみたいな感じで、笑ってしまったら。  すぐに、玲央の指が、オレの頬に触れて。  涙を、ぐい、と拭ってくれた。 「……キスさせて?」  そう言われて、玲央の瞳を見つめ返す。  今、オレに、キスしたいって、思ってくれてるんだ。  そう思ったら。 もう、嬉しいて気持ちしか、なくて。  迷ってたこととか。  悩んでたこととか、全部消えて。  ただ、玲央と、キスしたい、としか、思えなくて。 「……うん」  頷いて、玲央を見つめた。 「――――……優月」  良い声が、優しく、名を呼んでくれて。  首の後ろにまわった手に、引き寄せられて。  キスされた。

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