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第69話◇

【side*玲央】  朝のモヤモヤを引きずったまま、昼になった。  2限が一緒だった勇紀と食堂に向かって歩いてる途中で、甲斐と颯也とも合流。 「すごい混んでるね」  普段ここにはあんまり来ない。  いつもは部室に近い食堂を使う事の方が多い。  いくつも食堂があるけれど、大体たまり場が決まってるサークルや部活も多いので、わりと同じ顔触れが近くにいる。  来慣れない食堂は、なんだか雰囲気が違う。 「あ、玲央」  席を探して歩いてると、女の声がして、腕に手が触れた。 「ああ…|里奈《りな》」  名を呼ぶと、里奈はふわ、と笑った。 「珍しいね、玲央、こっち来るの」 「ああ。勇紀がここに来たいっていうから。いつもここ、こんなに混んでんの?」 「んー、今日はなんか余計な気がするけど。ねね、玲央、明後日の夜、空いてる?」 「明後日……まだ分かんね。空いてたら連絡する」 「ん、待ってるね」 「ああ」  見つめて頷くと、にこ、と笑って、里奈は腕を解いた。  少し先でオレを振り返って待ってる甲斐の所に歩いてくと。 「どこ行っても相手がいるってすげーよな」 「……お前だって似たようなもんだろ」 「オレは玲央ほどじゃねーし」  言ってると、颯也から。 「んな事で競うなよ」  冷たい一声が飛んでくる。  別に競ってる訳じゃねーけど。  そんな風に思いながら。 「……勇紀は?」  近くに居ないので聞くと、「席探しに奥行ったけど……」と甲斐が言いながら探してる。 「あ、居た。一番奥」  言いながら歩き出す甲斐の後ろを、颯也と歩く。 「お前、好きな子出来たなら、セフレやめたら?」 「……別にまだ好きな子とか言ってねーし。1人に決めるとかは……」 「……それは、嫌な訳ね」  やれやれ、と颯也。  食堂の奥まで来て、勇紀の後ろ姿を見つける。 「席空いてないなら、いつものとこ行こうぜ」 「そーだな……」  オレの言葉に、甲斐が頷く。  勇紀にもそう言おうと一歩進んだ所で。  勇紀が話していた、座ってる奴が振り返って、何気なく視線を流すと。 「……優月――――……」 「――――……玲央……??」  午前中、ずっと頭に浮かんでた顔がそこにあって、オレの名前を呼んだまま、固まってる。  優月の声に反応したらしい、優月と一緒に座ってる2人が顔を上げるし、こちらの3人も、オレと優月を見て、何となく固まってる。  騒がしい学食の中で――――……ここだけ、変な空間。  優月が、不意に赤くなって。  視線を逸らして、俯いた。 「――――……」  ……やば。  ……触りたい。と。思ってしまった。 「ん? 優月と玲央って、知り合いなの?」  能天気な声で、変な空間を破ったのは、勇紀だった。 「……うん」  小さく頷いて勇紀を見上げてる優月。その優月を見つめてる、優月の友達。 「……何、どした、玲央?」  颯也に聞かれて。いや、と答える。  甲斐も黙ったまま、見つめてくる。  どうすっかな……。  たぶん皆が、おかしな空気だと思ってるみたいだけど、ここで、さっき話した奴って言うのも――――……。  思った瞬間。 「……ごめん、オレ、ちょっとクロのとこ、行くね。あとで連絡する」  そんな声とともに、立ち上がって椅子をしまってる優月。隣に座ってる2人は、優月?と聞きながらも、すぐ、分かった、と、言った。 「優月?」 「勇紀、またね」  呼びかけた勇紀にそれだけ言って、食事のトレイを持った優月が、オレの横を、す、と、通り過ぎた。  顔、赤いまま。俯き加減で、足早にどんどん進んでいく。  ――――……きっと、何か思い出したとかで、恥ずかしくなって、居た堪れなくなって、逃げるしかなかったんだろうとは、分かった、のだけれど。 「――――……」  横を素通りされたのが、ものすごく――――……。  ……ものすごく、なんだか――――……。  なんともいえない――――……気分に陥って。 「優月どーしたんだろ? なあ、玲央は、何で優月の事知ってんの?」  勇紀の声は聞こえたけれど。 「――――……オレ、ちょっと、急用。またな」 「え?」 「玲央?」  聞き返してくる声には答えず、優月の歩き去った方に足を向ける。  混んでる食堂をすり抜けて、  外に出て、少し先に居る優月に向かって。 「優月!」  呼んだ瞬間。  え、と振り返った優月が、立ち止まるかと思ったら。  あろう事か、一目散に、走り去っていった。 「……は?」  つか。  ――――……なんで逃げンだ。  しばし呆然。  どんだけ必死に走ってるんだか、あっという間に視界から消え去った優月に、ムカついて。  走り出した。

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