69 / 856
第69話◇
【side*玲央】
朝のモヤモヤを引きずったまま、昼になった。
2限が一緒だった勇紀と食堂に向かって歩いてる途中で、甲斐と颯也とも合流。
「すごい混んでるね」
普段ここにはあんまり来ない。
いつもは部室に近い食堂を使う事の方が多い。
いくつも食堂があるけれど、大体たまり場が決まってるサークルや部活も多いので、わりと同じ顔触れが近くにいる。
来慣れない食堂は、なんだか雰囲気が違う。
「あ、玲央」
席を探して歩いてると、女の声がして、腕に手が触れた。
「ああ…|里奈《りな》」
名を呼ぶと、里奈はふわ、と笑った。
「珍しいね、玲央、こっち来るの」
「ああ。勇紀がここに来たいっていうから。いつもここ、こんなに混んでんの?」
「んー、今日はなんか余計な気がするけど。ねね、玲央、明後日の夜、空いてる?」
「明後日……まだ分かんね。空いてたら連絡する」
「ん、待ってるね」
「ああ」
見つめて頷くと、にこ、と笑って、里奈は腕を解いた。
少し先でオレを振り返って待ってる甲斐の所に歩いてくと。
「どこ行っても相手がいるってすげーよな」
「……お前だって似たようなもんだろ」
「オレは玲央ほどじゃねーし」
言ってると、颯也から。
「んな事で競うなよ」
冷たい一声が飛んでくる。
別に競ってる訳じゃねーけど。
そんな風に思いながら。
「……勇紀は?」
近くに居ないので聞くと、「席探しに奥行ったけど……」と甲斐が言いながら探してる。
「あ、居た。一番奥」
言いながら歩き出す甲斐の後ろを、颯也と歩く。
「お前、好きな子出来たなら、セフレやめたら?」
「……別にまだ好きな子とか言ってねーし。1人に決めるとかは……」
「……それは、嫌な訳ね」
やれやれ、と颯也。
食堂の奥まで来て、勇紀の後ろ姿を見つける。
「席空いてないなら、いつものとこ行こうぜ」
「そーだな……」
オレの言葉に、甲斐が頷く。
勇紀にもそう言おうと一歩進んだ所で。
勇紀が話していた、座ってる奴が振り返って、何気なく視線を流すと。
「……優月――――……」
「――――……玲央……??」
午前中、ずっと頭に浮かんでた顔がそこにあって、オレの名前を呼んだまま、固まってる。
優月の声に反応したらしい、優月と一緒に座ってる2人が顔を上げるし、こちらの3人も、オレと優月を見て、何となく固まってる。
騒がしい学食の中で――――……ここだけ、変な空間。
優月が、不意に赤くなって。
視線を逸らして、俯いた。
「――――……」
……やば。
……触りたい。と。思ってしまった。
「ん? 優月と玲央って、知り合いなの?」
能天気な声で、変な空間を破ったのは、勇紀だった。
「……うん」
小さく頷いて勇紀を見上げてる優月。その優月を見つめてる、優月の友達。
「……何、どした、玲央?」
颯也に聞かれて。いや、と答える。
甲斐も黙ったまま、見つめてくる。
どうすっかな……。
たぶん皆が、おかしな空気だと思ってるみたいだけど、ここで、さっき話した奴って言うのも――――……。
思った瞬間。
「……ごめん、オレ、ちょっとクロのとこ、行くね。あとで連絡する」
そんな声とともに、立ち上がって椅子をしまってる優月。隣に座ってる2人は、優月?と聞きながらも、すぐ、分かった、と、言った。
「優月?」
「勇紀、またね」
呼びかけた勇紀にそれだけ言って、食事のトレイを持った優月が、オレの横を、す、と、通り過ぎた。
顔、赤いまま。俯き加減で、足早にどんどん進んでいく。
――――……きっと、何か思い出したとかで、恥ずかしくなって、居た堪れなくなって、逃げるしかなかったんだろうとは、分かった、のだけれど。
「――――……」
横を素通りされたのが、ものすごく――――……。
……ものすごく、なんだか――――……。
なんともいえない――――……気分に陥って。
「優月どーしたんだろ? なあ、玲央は、何で優月の事知ってんの?」
勇紀の声は聞こえたけれど。
「――――……オレ、ちょっと、急用。またな」
「え?」
「玲央?」
聞き返してくる声には答えず、優月の歩き去った方に足を向ける。
混んでる食堂をすり抜けて、
外に出て、少し先に居る優月に向かって。
「優月!」
呼んだ瞬間。
え、と振り返った優月が、立ち止まるかと思ったら。
あろう事か、一目散に、走り去っていった。
「……は?」
つか。
――――……なんで逃げンだ。
しばし呆然。
どんだけ必死に走ってるんだか、あっという間に視界から消え去った優月に、ムカついて。
走り出した。
ともだちにシェアしよう!