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第71話◇
【side*村澤 智也 】
クロのとこ行ってくる。
そんな風に言って、優月が猛ダッシュで逃げて行った。
そのすぐ後、神月玲央が、足早に。 多分、優月を追いかけて行った。
その後。
「ここ、座っても大丈夫?」
「ああ。……どうぞ」
神月玲央と一緒に来て、優月と話してた「勇紀」に話しかけられて、そう答えた。派手な三人は鞄を置いて、おそらく食事を買いに消えていった。と同時に、美咲がため息をついた。
「優月、大丈夫かなあ……」
先週の金曜から、何度美咲のため息を聞いただろう。
まあ。美咲は優月の「保護者」のまま、ずっと来てるから。
しょうがないか。
幼稚園から3人一緒。母親同士が仲良かったから、小学校になっても、家族ぐるみで一緒に出掛けた。中学からは、母親達はオレ達の遊びには関わらなくなったけれど、変わらず3人仲が良いままで。高校はバラバラに別れたから、長い休みにたまに遊んだり、会って近況報告をする位だった。
大学が一緒になるなんて。 ほんと、縁があると思う。
学部が違うから同じ授業がほとんど無い代わりに、たまに一緒に昼を食べたり、帰りに遊びに行ったりしてる。一生こんなまま付き合ってくのかなと、思ってる。
昔の優月は、早生まれなのもあって、小さくて可愛かった。美咲とオレと二人、もともと世話好きだったのもあって、二人でよく優月を守っいてた気がする。
……いや。守ってもいたけれど。
優月の側に居ると、なんだか、ほわと、和らぐのが好きで。
だから、一緒に居た、ような気がする。
中学に入って、オレは世話を焼くのは少し手を抜いたけれど、美咲の世話焼きは変わらなかった。
高校で優月が別になって、内心大丈夫かなと心配していたけれど、自分でも覚悟を決めて、色々頑張ってたらしい。大学でまた一緒に過ごすようになったら、もう普通に一人前になってた。
もう、美咲も、面倒を見る事は無いかな、と、思っていたのだけれど。
金曜に、一転。
神月玲央の件を、優月が話してきてから。
特に、美咲の、世話焼きと心配性が、復活してしまった。
もちろん、神月玲央の事は、オレも心配ではあるのだけれど。
「優月が、あいつが好きって言うんだから、しょうがないだろ?」
智也の言葉に、美咲が大きくため息。
「優月、逃げてっちゃったじゃない……」
「…あれは、もう恥ずかしくて居られなくなった、て感じだし」
思い起こすと、何かの小動物が猛ダッシュしてった姿にしか見えなくて、苦笑いしか浮かんでこない。
「――――…もうさ、優月も今年20歳の大人なんだからさ。そういう関係持ったって、それはそれで、優月の自由なんだって」
「……」
はあ。
また、美咲のため息。
「……可愛い女の子連れてきて、彼女出来たよって言ってくれるなら、もう、超お祝いしてあげるのに……」
「……まあ、分かるけど」
はは、と笑ってしまう。
「あいつが相手じゃ、お祝いできないし」
はぁぁぁ。また、美咲は、ため息。
昨日、優月が約束した所に戻って行ってからも。
玲央に会えたから行けないと連絡がきてからも。
ため息の嵐だった。
オレと昨夜別れて家に帰ってからも、美咲は1人、きっと大変だったんだろうなと容易に想像できる。
「あ。神月の友達戻ってくるから、この話終わりな」
「………ん」
3人が戻ってきて、すぐ隣に座る。
智也も美咲も、何となくスマホを取り出した。意味なく操作しながら、色々考える。
なんだかなー……。美咲ほどじゃなくたって、オレだって、まあ、納得は行ってない。いきなりキスされて、誘われて、何で、あいつを好きになるかな。
たしかに、ルックスはめちゃくちゃいいかもしれないけど。
優月がルックスだけで、男を好きになるとは思えないし。
まあ、優月には優しいって、さっき言ってたけど……。
一体、何に惹かれたんだかな……? まだそこ聞いてないな。
一緒に居たいって思ったって、言ってたっけ……。
…… 何でだ?
――――……美咲の話じゃ、本気の奴は、重くて嫌がられるみたいだし。
……まあ、優月が本気で好きなら、遅かれ早かれ、終わりになるのかなとは思うけど。としたら、しばらくの間、かな。
優月がなるべく傷つかないように、終わらせてやってほしいなとも思ってしまうけど……。
「美咲、今日、何限まで?」
「今日は5限」
「オレは4限…」
優月は帰り、どうすんだろ。
今頃、神月と居るのかな? うーん……。
美咲と少し話しながら考えていると。
隣の3人が話し始めたのが、聞こうとしなくても、聞こえてくる。
「玲央、昼も食べずにどこいったんだろ」
「…あの感じだと、追いかけてったんじゃないのか?」
「え、優月を??」
「タイミング的にはそうだったけどな」
「…まあでも、ただ急用思い出しただけかもしんねえし、わかんねえよな。あ、さっき、3限が休校になったって言ってたし」
「追いかけたのかなあ? 優月と玲央って、なんの接点、あるんだろ」
「お前は何で、知り合いなの?」
「ああ……ずーーっと前にさ、オレ、貧血で倒れた時あったじゃん。そん時、駅で助けてくれて、オレんちまで連れてってくれたやつが居たって、話しただろ?」
「……ああ。 駅でタクシー乗っけて、ついてきてくれたって話?」
「そう。学校遅刻してまで、家まで送り届けてくれてさー。めっちゃいい奴でさ、優月。それから、仲良くしてんの、オレ」
聞こえてきた話に、ふ、と笑ってしまう。
優月らしい。ほんと良い奴…。損する事もありそうだけど――――……。あまりに良い奴すぎて、周りも感化されるのか、それであんまり利用されたりしてるのは、見た事がない気がする。
顔を上げると、美咲も聞こえてたみたいで。
は、と息をついて。「らしすぎて、笑っちゃうね」と囁いてくる。
その時。ふ、と、勇紀がこちらを向いた。気配に気付いて顔を上げたら、まっすぐ見つめあってしまつた。
「……優月の、友達?」
「……ああ、そう、だけど」
「……玲央、分かる?」
「オレは同じ学部だから」
「……玲央と優月って仲良いの?」
「――――……」
んー……。仲、良い……?
頷くのに、ためらいを感じる。
「知り合ったとこ、みたいだけど……」
「……知り合った――――……って、それってさ」
勇紀が、言いにくそうにしながら、向こうの2人と顔を見合わせてて。
微妙な沈黙が流れた時。 美咲が、勇紀に視線を向けた
「神月玲央って――――……恋人居ないの?」
急に出てきた美咲の声に、勇紀がえ、と、美咲を見た。
「恋人、ほんとに、居ないの?」
美咲がもう一度言うと。勇紀は、少し黙って。それから呟くように。
「あー……て事は、やっぱり優月が……」
そう言って。 ちら、と3人が視線を合わせてる。
何も言葉にしないまま、勇紀が、美咲とオレにまた視線を戻した。
「――――……玲央、恋人ってなるとさ……色々大変な目に合ってて、作らない事にしてるから、ほんとに居ないよ」
「……色々って?」
「……んー。詳しくは言えないけど。傍から見てると、ほんとに、好かれすぎちゃって、色々大変なんだよね……」
「――――……」
なんとも言えない話だな……。
美咲もそれ以上何も言わず、黙ってる。
「優月、かぁ……」
勇紀もそう言ったきり黙ったままで。他2人も何でだか、黙ってる。
「もーすぐ時間だな……とりあえず連絡入れといて、返事なかったら帰ることにする」
「あ。今日火曜だから絵でしょ?」
「ああ、そっか。…じゃあ今日は帰ろ」
「とりあえず連絡待と」
ちょうど、3限の予鈴が鳴って。
美咲と共に立ち上がって。なんとなく、勇紀と目を合わせてから。
歩き出した。
まあ。
……優月が傷ついて、泣くような事にならなきゃいいんだけどな。
歩きながら、そんな風に、思った。
*智也side終了*
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