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第72話◇

【side*玲央】  何で、逃げるんだ。  皆の前で居づらくなったのは分かるけど。  オレが名前を呼んで振り返った時は、そこで止まるもんだと思ったのに。  猛ダッシュで消え去るって……。  しかも、意外な程に速い。  クロの所に行ってくる。さっきそう言ってたから、行き先は分かってるけれど――――……優月に逃げられたという事実が、ムカつく……というか。ショック、というのか。  辿り着くと、優月がベンチに座って、頭を抱えていた。息を整えようとしているらしい。近づいて、その手首を掴んだ。 「優月」  名を呼ぶと、優月が、驚いたような顔で、見上げてきた。 「れお……」 「――――……っ……お前、何、その全力の脱走……」  とりあえず、手首を取って、もう逃げられないようにして。  ――――……はあ、と息をついた。 「……つか――――……お前、何で逃げンの」 「……っ」  何で、オレから逃げたりするんだ。  じっと見つめて、そう言うと。  すごく、必死な顔で、じっと、見つめ返してくる。 「優月……?」  返事をしないその頬に触れると。  ほっとしたように顔が緩んで。心なしか、ほんの少しだけ、オレの手に、すり、と触れてきた。  手に触れた頬の感触が――――……何とも、言えなくて。 「逃げたくせに――――……なんでそんな、見ンの?」 「……嫌で……逃げたんじゃ……ない、から……」  答えを考えながら言葉を紡ぐ、優月。 「――――……」  優月の頭の後ろに手を回して、引き寄せて、キスした。   唇を重ねたら。すぐに、唇が、ふ、と開いた。  優月と過ごす間に、口開けて、と何度も言って。  何度もキスした。  ちゃんと、覚えてて、ちゃんと自然と、受け入れた優月が。  ――――……なんでだか……すごく、可愛い。 「……っ……っ……ふ……」  優月の声が漏れて。少し、唇を離した。 「――――……何で、逃げた?」  頬に触れて、親指で、唇に触れると。 「……っ……なんか恥ずかしくて……」  言いながら、かあ、と赤くなる。 「んな事だろうと思ったけど……も、逃げンなよ」  ちゅ、と唇を押しつけて、もう一度キスする。  ……オレから逃げるな、なんて言葉。  ――――……初めて言ったかも……。  つか…それよりも。 「――――……オレ、こんな風に人追いかけたの、初めてかも」  こんなに、必死な気持ちで。  逃げた奴を追いかけるなんて。  我ながら、らしくなくて、思わず笑ってしまう。  なのに優月は何を思ったのか、少し俯く。 「……ごめんね?」 「別に。謝れって言ってるんじゃない」  ぽん、と頭を撫でると。  ふっと気づいたように、優月が見上げてきた。 「あ……玲央、食事は?」 「ん? ああ……今はいい。3限が休みだから、そこで食うから」  そう言うと、優月はそっかと頷いてる。  ――――……もうすぐ昼休み終わるか……。 「……優月、今日予定は?」 「4限までで、そこから絵の先生のとこに行く」 「絵?」 「うん。オレ、絵、描くの好きで」 「習ってんの?」 「うん」  絵、か。  ――――……なんか、似合うな。描いた絵、見てみたい気がする。 「……何時まで?」 「分かんない。先生次第ていうか、キリのいいとこまで……」 「ふーん……」  その後、会えるかと思ったけど――――……。  今日は無理か……。  そう、思ったのだけれど――――……。  3限の予鈴が鳴った。 「あ。……行かないと」 「ああ」 「また、ね?」と、離れようとした優月に。 「今度会った時は逃げんなよ」  思わずそう言ってしまってから、苦笑いが浮かんでしまう。  ――――……どんだけ、優月に逃げられたくねーんだ、オレ。  離れようとしてる優月に、なんだか名残惜しくなって、口づけた。  すると。何でだか、また、優月がかあっと、赤くなる。 「何で、この位のキスで、また赤くなンだよ?」  オレがそう言うと。 「なんか、別れ際にするとか……恥ずかしいなって思って」 「――――……」  そう言われると。  ――――……確かに名残惜しくて、したんだけど。  名残惜しいから、それをしたというのは、なんだかすこし照れくさい。  つか……キャラじゃない、気がする。  何も言わないでいると。   「……行くね」  優月が、そう言って、オレから離れた。  その後ろ姿を、見ていたら。自然と、名を呼んでいた。  振り返った優月に。 「――――……絵、終わったら、電話して」  ――――……何言ってんだ、オレ。 「え。でも……遅いかも……」 「別にいい」  優月と、昨日から今朝まで、一緒だった。  ――――……続けて誰かと会うなんて、最近は無い。  あまり会うと、勘違いさせるってのもあるし、面倒だし……。  なのに。 「うん、分かった」  嬉しそうに笑って頷いた優月の後ろ姿を見送って。  なんだか気持ちが上向いた。  優月の姿が見えなくなってから、いつもの学食に向かい、昼を済ませた。  今日、午前中は一度もスマホを見ていなかった事に気付いて、何となくスマホを見ると、色んな誘いが並んでいた。 「――――……」  ――――……しばらく眺めて、ふと息をついて。  テーブルにスマホを、置いた。  なんか。  ……今。  ――――……オレが、触りたいのは、優月かも……。  ……何でこんなに?  ……最後まで、してねえから……??  つか、そもそも、最後までしてないっていうのが、意味が分かんねえし。 「――――……」  頬杖をついて、並んだメッセージを、スクロールして。  画面を閉じて、机に伏せて。  何だか良く分からない感情に。  ――――……ふ、と、息を、ついた。

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