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第74話◇

 4限の後、家に寄って画材を取って、電車で絵の教室にやって来た。  ――――……何度も何度も、絵を描く手が、止まる。  ぼーーーー、としていたら。 「優月、調子悪いのか?」  急に後ろから声を掛けられて、驚いて振り返る。 「|蒼《そう》くん、来れたんだ」 「ん。仕事終わったから」 「そっか。お疲れ様」  オレの絵の先生は、小学生2年生の時からずっと、|野矢 久《のや ひさし》先生。もう今は、70歳越えのおじいちゃん。元々資産家で、有名な芸術家。広い自宅の敷地内の、離れの家を絵の教室に開放してくれている。  近所の子供達も来るし、結構な遠くから、絵を習いに来てる大人も居る。  オレの実家からは、駅3つ離れていて、小さい頃は母と電車で。途中からは一人で自転車で通った。    |野矢蒼《のや そう》は、久先生の一人息子で、30才。メインの仕事はカメラマン。絵描きでもあり、個展を開く時は、どちらも一緒に発表してる。  オレが7歳で、高校生だった蒼くんがお絵描き教室を手伝ってる時に、出会った。呼び方はその時から今も変わらず、「蒼くん」のまま。  好きな事を自由にしてるからなのか、すごく若く見える。  20代前半とか言われても通じちゃうような気がする。  でも、スーツを着てまじめな顔してると、見るからにすごく仕事のできそうな、大人の良い男、にも見える。誰もがイケメンだと認識するんだろうなとは、思う。思うのだけれど……。    「今日は何のお仕事だったの?」 「今日は写真集の撮影。モデルさん、超美人だった」 「へえそうなんだ」  答えてると、蒼くんは、ふ、と笑って、オレを見下ろした。  良い男、なんだけど。  ……中身は、いたずらっ子みたいな……。  オレの前の蒼くんは……正直、会った高校生の頃と、あんまり変わらない気がする。小学生のオレをからかって、笑って、ちょっと意地悪して、でもちょっと優しい。あの頃とあまり変わってない、気がする……。 「で、さっき、何でぼーっとしてたんだよ?」 「――――んー……オレ、今ね」 「うん」 「人生で最大の、考え事があるんだよね……色々悩んでるんだよ」  言うと、一瞬黙って、それから、ぷっと蒼くんが笑い出した。 「何それ。おもしれーな。内容、言ってみな?」 「……おもしれーってなんだよー」 「あー、嘘嘘。……って面白れぇけど。 聞いてやるよ?」  クスクス笑ってる蒼くんを、じ、と睨む。その視線をものともせずスルーして、外から戻ってきた先生に「あ、父さん、あと優月だけ?」と聞いた。そうだよ、と先生が頷くと。 「優月は任せて、休んでいいよ」  そう言って笑う。先生がオレに視線を向けて。 「今日はずっとぼうっとしてたけど。大丈夫?」 「大丈夫。オレが今から、全部聞くから」  オレのかわりに、蒼くんが答えると、先生は、ふ、と笑って。 「じゃあまた来週ね、優月」 「ありがとうございました」  オレが笑いながらそう言うと、ぽんぽん、とオレの肩を叩いて、先生は部屋を出て行った。 「で?」  蒼くんは椅子をオレの隣に置いて、まっすぐ、見つめてきた。 「……オレ、蒼くんに全部話すとか、言ってないじゃん」 「は? ……話さず帰れると思ってんのか?」 「……っ」 「無駄な抵抗してないで話しな。つかお前、オレに悩んでるとか言った時点で、内容話さないなんて選択肢無いから」  ……確かに。蒼くんに言った時点で、そうなるって、分かるべきだった。  ……オレってほんと、迂闊……。  はー、とため息をつきながら、目の前の良い男を見つめる。  あ。そうだ。  ……蒼くんも、昔から超モテてたっけ。  モテる人の意見、聞きたいかも……。   「蒼くん」 「ん?」 「オレ、超真剣に聞くからね?」 「ああ」 「からかわないでよ?」 「……ああ」  変な間があったけれど、じっと、見つめて、思い切って聞いてみた。 「……蒼くん、セフレって、居る? 居た??」 「――――…………」  質問後。数秒…いや、十数秒後。  ぶは、と笑い出して。  蒼くんはかなり長いこと、肩を揺すって、笑い続けた。   「……も、蒼くんとは話さない……」 「ごめんごめん――――……ってか、だって笑うだろ」 「なんでだよっ」 「だってお前、未経験からの急にセフレって……」 「……っ」 「何? 恋人は嫌だけど、セフレなら良いって言われたの?」  再びヒーヒー笑い出しながら、そう聞いてくる。  ……この姿を、蒼くんを、イケメン写真家だの芸術家だの言ってもてはやしてる人達に、見せてやりたい……。くそー。 この人のこういうとこ、ほんとに高校生から変わらないぞー……。      

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