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第95話◇

 教授がこちらに背を向けて、黒板のボードに字を書いていると。  そっと由香が近寄ってきて、囁いてくる。 「ねね、玲央」 「……ん?」 「夜遅くなってもいいから、行っちゃだめ?」 「――――……」  甘えるように言われる。  美人だし。体の相性も悪くないし。  ――――……全然いい、筈なのだが……。 「……早く終わったら、連絡する」 「早くって?」 「20時までに連絡なかったら、今日は無しでいいか?」  由香は、むー、と口を閉ざして。  頷いてる。  教授がこちらを向いたので、そこで話を終わりにする。  何でだろう。即答ができない。  ――――……優月と、約束はしてない。  優月は、怒ってはいなかったけど、オレ的には、すごくひどい触れ方をしてしまったから。  本当に、ちゃんと、優しくしたい。    ……気も、する。  でも、あくまで「セフレ」と言い切ったのだから、  そんなに毎日誘ってもどうかと思うし――――……。    授業が終わり、片付けていたら、由香が顔をのぞき込んできた。 「ねね、じゃあ、お昼一緒に食べようよ?」 「……ああ。いいよ」 「やった。じゃあ、裏のカフェに行こうよ」  校舎の裏、駐車場側に少し歩いた所にあるカフェの事だと分かって、頷いた。学食とは違うオシャレな店。由香らしい。  授業を終えて、立ち上がる。 「あ、ちょっと待ってね、玲央」  由香が荷物を片付けているのを待ちながら、ふと、後ろの奴が目に入った瞬間。なんかどっかで見たなと思い、それからすぐに、思い出した。  ああ。……優月の幼馴染か……村澤 智也、だっけ。  最初優月に名前を言われた時は顔を思い出せなかったけれど、昨日優月と昼一緒に居るのを見たのもあって、急に記憶が繋がった。  向こうもオレに気付いたらしく、ふっと視線を向けてきたのを、気づかないふりをして流した。  ――――……確かにゼミで一緒だったな。顔を見たらちゃんと思い出した。  見た目のまんま、まじめというか、まっすぐな意見を、言う奴。   ――――……優月がオレとセフレ、とか言ってんの……知ってんのかな。 「玲央ごめんね、お待たせ」  由香が言うのと、 「なあ」  と、村澤から声がかかるのが、一緒だった。  え?と由香が村澤を振り返って、それからオレを見た。 「……悪い、由香、ちょっと教室の外で待ってて」 「あ、うん」  由香が素直に頷いて、外に出て行く。  ……こいつに、直接話しかけられたのは、初めてかも。 「何?」 「……昨夜さ、優月と一緒だった?」 「――――……」  無言で頷くと。   「あ、良かった」  意外な言葉に、少しだけ首を傾げて、顔を見ていると。 「……昨日の昼居なくなって、4限の後はたぶん習い事に行ったと思うんだけど、夜入れた連絡に返事来ないから少し心配しててさ」 「――――……」  昨日、習い事の後、先生だかと夕飯に行って、その後はずっとオレと居たから。スマホ、触ってる暇はなかった筈。 「……今朝、一緒に学校来たから大丈夫」 「ふーん。なら良いや」  それきり、お互い、黙る。 「――――……お前、優月の幼馴染なのか?」  言ったら、村澤はオレを見て。くす、と笑った。 「優月、オレのこと話してンだな……ん、そーだよ」 「――――……」  昨夜が一緒だったか聞くってことは――――……。 「……知ってるってことだよな?」 「……うん、まあ」 「……」  何も言うべき事が見つからないでいるオレに、村澤はまた少し笑った。 「オレが言う事じゃないんだけど。できたら、今のまま、優しくしてやってよ」 「今のままって……」 「お前がめちゃくちゃ優しいって、言ってたからさ」    そんな言葉に、何だか返答できない。 「……村澤は、良いのかよ」 「んー……優月がそうしたいんだから、オレが何か言う事じゃないし」 「……」  まあ確かに。  ……つか、オレは何が聞きたかったんだ。 「ただ、優月にとっては、なにもかも、未知の世界だからさ。できたら、今のまま、優しくしてやって」  そんなふうに言って、クスクス笑ってる。

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