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第105話◇

 優月と別れて、3限に遅れて出る気もしなくて、部室に来た。  ソファに腰かけて。そのまま後ろにもたれて埋もれていたら、3限を終えた甲斐が現れた。  入ってきて、一目オレを見てすぐに、うわー……と、顔をしかめた。 「……おーす。玲央……」 「……おう」 「えーと……聞くべき、なのか……聞くか……」  ぶつぶつ言って、はー、とため息をついてる。 「……何でそんなに機嫌悪いンだ?」  甲斐が、思いっきり眉を寄せてそう聞いてくる。 「……別に……」 「別にじゃねーだろーが…… 練習までに、どーにかしろよ?」 「……無理。……大丈夫、ちゃんと歌うし」 「絶対無理だって。何だよ、ほんと、何」 「――――……口に出したくねえ」  そのまま、また背をソファに預けて上を向いた。 「はー……昨日も今日もなんな訳……あ、優月、の 事?」  甲斐の言葉に、咄嗟に起き上がって、甲斐の顔を見る。 「あ、起きた」  甲斐がめちゃくちゃ苦笑いしている。 「――――……何でその名前が、お前から急に出てくる訳」  思わず出てしまう低い声に、甲斐は苦笑い。 「……昨日お前が昼消えた後、勇紀が優月の友達と話してて……勇紀が、優月が玲央の言ってた子なのかなーって。そうなんだろ?」 「――――……」  ――――……昨日の昼の時点で、確証はないまでも、相手が優月ってバレてた訳、な。……別にそれは良いけど。 今はその名前、聞きたくなかった。  大きなため息を吐いた時。  甲斐もまた、はーー、と息をついた。  ガチャっとドアが開いて、入ってくると同時に。  勇紀の明るい声が部屋の空気を割った。 「おーす、玲央ー! 昼のカフェって、誰と行ってたの?」 「……由香」  その低い一声で、おや?という顔になって、勇紀がぴた、と止まって、オレをまっすぐ見つめた。一緒に入ってきた颯也も、荷物を置きながら、オレに視線を向ける。 「……玲央がすっげえ機嫌悪い……何、甲斐、何か聞いた?」 「たぶん、昨日の優月?とかの事だと思う……」 「えっ優月? 今来る時会ったよ? 4限行くとこだって」  ぴく。と手が震える。  くそ。……どうしてたか聞きたいけど、聞きたくない。 「なんかちょっと困った顔してたなあ……とは思った。 何? 喧嘩したの? 玲央。えーでも、優月が人と喧嘩すると思えないんだけど……」  あれやこれやと続けて捲し立てる勇紀に、甲斐は嫌そうな顔をしている。 「……勇紀お前、ただでさえ玲央、あんななのに、刺激すんなよ」 「えーだってー……」  こそこそ言い合ってる2人に何も言う気もなく、またソファにもたれかかった。そこに真顔の颯也が近づく。 「つーか、玲央、17時までに、どーにかして」 「……歌えるって」 「……そんな見るからに機嫌悪いの、オレ、正直初めて見るんだけど。歌えんの? ちゃんと。 練習できんのかよ?」 「――――……歌える」 「……話して落ち着くなら、話したら?」  颯也の言葉に、眉を寄せる。 「……玲央って、何言われても飄々としててさ。何でも流すし、切り替えも早いし、 良い意味でも悪い意味でも執着しないし……ていう奴なのにさ」 「――――……」 「そんな、ピリピリしてんの、ほんとオレ初めてかも――――……2人は見たことあんの?」  颯也が、甲斐と勇紀に聞くと。2人そろって、「無い」と答えた。 「……なんなの。 誰と何があって、そーなってんの?」 「――――……」  しばしの沈黙。 「まあ話さなくてもいいけど、 17時までに、復活はしろよ?」  はー、とため息をついてる颯也。    …………確かにこんなに、表に出るほどなのは、あんまりねえかも。   ……むしろ、色々表に出さねえようにしてるからな……。 「――――……」  嫌いじゃない。  さっきの言葉が、またよぎる。  ――――……なんな訳。  ……嫌いじゃないって。  一緒に居たいけど――――……。  好きとは言わずに、嫌いじゃないって。  ……嫌いじゃないけど、好きでもない。  ――――……そうとしか、思えないし。  あんなに、とろとろになって、しがみついてくるのに。  可愛い顔して笑いかけてきて、嫌な訳ないとか、そばに居たいとか、言うくせに。……何、嫌いじゃないって。  あー……すっっっげえ……イライラする。   ダメだ、これ。  くそ。  ――――…… 意味わかんねえ。

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