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第108話◇
やっとトイレから出られた。
落ち着いたし、顔も、泣いてたとは分からないはず。
玲央の事考えるとまた泣いてしまいそうなので、考えないように努めて、次の授業に向かう。
「あ、優月ー!」
この声は。 ――――……勇紀だ。
良かった。泣いたまま外に出なくて。
オレが泣いてたっぽいとか、万一でも、玲央に伝わっちゃうかもしれなかったと思うと、ほんと良かった、と思う。
「あれ? 優月、元気ない?」
「……え、なんで?」
「いっつも、もっとにこにこーってするから」
……勇紀、鋭すぎるよー……。
「ううん。元気だよ」
「そう? ……なあ、優月」
「ん?」
「優月さ。一昨日玲央のマンション行った?」
「……うん」
素直に答えると。
やっぱ優月か、とクスッと笑った。
「玲央がさあ、一昨日一緒にマンション行った奴の事が……だから、優月の事だよね。優月が可愛いんだってさ。オレ、玲央が、そんな事言ってんの、初めて聞いた」
「――――……」
「ついでに言うと、朝、1限無いのについてきてあげてんのも、初めて見たし」
「……ん?」
「あ。1限無いのは聞いてなかった? へー……まあ、いいや。昨日は玲央2限からだったんだよ。付き合って1限から来てたらしいけど、まあ、オレ朝から超驚いたかんね。朝イチ、部室に玲央が居て、幻かと思ったもん」
「――――……」
あはは、と笑ってる勇紀に、返事が出来ない。
「ていうかそもそも、玲央がマンションに人泊めるのも、あんま無いからさ。他人と寝るの嫌って言ってるし」
「――――……」
なんか。
入ってくる情報についていけない……。
「あ。ごめん、4限いくとこだよな。何の授業なの?」
「えーと……ここから2コマ、児童心理」
「ああ、あのめっちゃ人多い授業か。面白いの?」
「うん。一番大きい教室なのに結構埋まってる」
「そかそか。頑張ってー。オレはこれからバンドの練習。今度見に来なよ?」
「……うん、ありがと」
バイバイ、と勇紀に手を振る。
とりあえず、教室に向かって歩き出す。
――――……昨日玲央、1限無かったのに、付き合ってくれたんだ。
人が泊まる事もないって。オレ、2日間泊まらせてもらったけど……他人と寝るのやなの? 我慢してた? ……そうも、見えなかった、けど……。
……勇紀に、オレの事可愛いとか……話してたんだ。
なんかもう。玲央……。
……聞きたい事、いっぱいある。
さっきの、好きかって――――……なんて答えてほしかったのかな。
どういう意味で、聞いたのかな。
玲央は、もしかして――――……ほんの少し、は、
オレのこと、好き、でいてくれてる……?
オレが好きって言ったら、玲央もそう言ってくれたり……。
ないかな……。
……うーん……。
……分かんないけど。
自惚れかもしれないけど。
玲央のキスとか。触れ方とか。抱き締め方、とか。
――――……可愛がって、くれてる、としか、思えない時も、あって……。
あんな事するの初めてだから、比べられないけど。
――――……あんなに気持ちいいのって。
玲央がずっとめちゃくちゃ、優しいから、だと思うし。
……玲央、練習に行くって言ってた。勇紀も言ってたし。
何時までだろ。その後――――…… 会いたいって言ってみる?
……そんな毎日、玲央と会うの、無理かな。
そんな事を考えている間に、あっという間に、2コマの授業が終わってしまった。
――――……また、授業、聞いてないしーー……。
教授も出て行って、学生たちも出て行く。
もう駄目だ、オレ。
ぱた。と机に倒れた。
「優月どーしたの?」
顔を上げると、周りの友達がオレの側で立ち止まっていた。
「あ、大丈夫……。ちょっと疲れただけ。先帰ってていいよ」
「待とうか?」
「ううん。良い。用が出来る、かもしれないし」
「ん、分かった。じゃーな」
皆に手を振って。出て行くのを見送る。広い教室に、オレだけ取り残された。
そのまま再び、ぽて、と倒れる。
――――…… 玲央に会いたい、けど。
バンドの練習って、長いのかな。
そのあと、ご飯食べに行ったりしそうだよね……。
……無理、かな。
――――……オレもしかして、次に玲央に会えるまで、
ずっとこんなだったりして。
――――……もう会ってくれなかったりして。
……どうしよ、やっぱり、ものすごく嫌だ。会いたい。
思った瞬間、だった。
「……お前、何、してンの……?」
――――……え。
……この、声。
顔を上げたら。
隣に立っていたのは、玲央、で。
何だか少し決まりが悪そうな顔で立ってる玲央を。
何も言えず、見上げるしかなかった。
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