182 / 860

第182話◇

「あ。お前らとこんな話してる暇はなかった。優月、行こうぜ。練習始まる」 「あ、うん。玲央、何でここに来てくれたの?」 「待ち合わせ場所に居たんだけど来ないから、ここに寄ってから来るかなと思って、逆走して迎えにきた感じ」 「あ、そっか。ごめんね、遅くて」 「良いよ。それにクロ居なかったし。また今度にしよ」 「うん」  必要な事を話し終えて、智也と西野君に視線を戻すと。  なんか、2人とも、さっきの天変地異の話のままの表情で、クスクス笑ってる。 「……じゃあな。被害に遭わねー内にとっとと帰れよ」  玲央が何だか嫌味たっぷりに、そう言うと。 「そーしまーす」  と西野君。 「とりあえず、明日のライブがんばれよー」 「西野来る?」 「明日は行けないんだなー。次行くから泣くなよ」 「泣くか」  ……うん。なんだかんだ、すごく仲良さそう。  ぷ、と笑ってしまうと、そんなオレを見てた智也と視線が合う。すると智也もふ、と微笑んだ。 「また来週な、優月」 「うん。またね」 「優月はそのライブって行くの?」 「遅れて、少し行くかも」 「気を付けろよ? 初の場所で、ぼーっとしてんなよ?」 「ん」  いつまでも何だか「お兄ちゃん」な智也に笑いながら頷く。すると。 「…うんうん、なんか、玲央が可愛いとか言ってるの、分かってきたかも。てか、村澤もめっちゃ可愛がってるだろ」  そんな風に西野君に突っ込まれ、智也が、うわー、という顔で嫌がった。 「神月の前でそーいう事言うなよ、誤解受けるだろ」 「ん? ……あ、そうか」  智也と西野君が固まってるけど。  玲央は、そんなので誤解もなにも……?  と、ふと、玲央を見上げると。  なんか面白くなさそうな玲央に、ぴた、と固まってしまう。 「ほらー……神月って結構ヤばそうだよな……」 「……やばいって、さっきの可愛い可愛い言ってる時の玲央って、もうほんと別人だから……クールな奴ほどこうなると怖いのかも……」  こそこそと、2人が言ってるのを聞きつつ、誤解? 何か言うべき? どうしよう、なんて言おうと思っていると。玲央と仲が良いからなのか、メンタルが強いのか、西野君がすぐ復活して、普通に話しかけてくる。 「オレ、とにかく玲央がこんな甘やかしてるの初めて見た。今度会ったら優月に話しかけるから、オレの事、覚えといて? 優月って呼ばせて。オレ、稔で良いからね?」  優月って呼ばれた。 ……稔で良いと言われた。  こちらは何て返そうかと思っていたら、玲央がオレの腕を掴んで、少し自分の方に引き寄せる。 「覚えなくていいぞ、優月。 あ、飯も行かなくていいからな」 「それはオレが、楽しく勇紀達と優月と村澤と行くんだよ、邪魔すんな」 「はー? 何言ってんのお前」  ……完全に優月って呼ばれてる。  玲央と西野君は、仲良いと思うんだけど……。  ……きっとずっとこんな感じで、喋ってるんだろうな。これはこれで、きとすごく仲いいんだと思うけど……。  智也はクスクス笑って、「いいよ、オレはいつでも」なんて言ってる。  玲央が、「村澤は勝手に行けば良いけど、優月は行くなよ?」と言うので、ん、と苦笑いでやり過ごす。 「じゃあね」  何だか気分的に、「やっとのこと」で、2人と別れた。  歩き出してすぐ、玲央がクスクス笑い出す。 「迎えに来たら、さっき優月の事話したばっかの稔としゃべってんだもんな……ちょっと驚いた」 「最初、ゆづきくん?て話しかけられたよ? 智也が同じ学部の奴って教えてくれたから、なんとか話せたけど……」  そう言いながら、クスクス笑ってしまうと。 「まあ、村澤が居たからどーにかなると思って話しかけたんだろうけど」  玲央がまだおかしそうに笑いながら、頬にまた触れてくる。 「にしても、真っ赤すぎだから、優月。オレ居ないとこで、赤くなんなよ」  そんな風に言われて、ちょっと納得いかない。 「じゃあオレの居ないとこで、可愛いとか、名前がどうとかさ……オレ、知らない人から急に、玲央がそう言ってるってびっくりだし……」 「名前って?」 「……ぴったりとか、優しいとか、言った……?」 「ああ、それか。ん、言った。稔に、優月の漢字を説明してたら、なんか急にそう思って」 「……ていうか、玲央、可愛いとかさ……恥ずかしいんだけど……」 「そうか?」 「そうだよ……」 「可愛いからいーじゃん」 「…………っ」  ほんとにもう。玲央、どうなってるんだろ。  何でオレがそんなに可愛いの?  玲央だから嬉しい気もしてしまうけど、謎すぎて、むー、としたまま俯いていたら。 「……なあ、優月?」  なんか、声の調子が変った。 「え?」  謎すぎて俯いてた事とかも忘れて、玲央を見上げると。  何だか、ふ、と笑いながら視線を流されて、どきんとする。 「後ろ、平気?」  少し口を耳の側に寄せられて、囁かれる。  一瞬何か分からなくて。 「ん?」  と言った直後。 意味が分かってしまった。  ……また真っ赤になるしかない。 「――――…………っっっっ……」  玲央は、ぷ、と笑って、オレの頭を撫でてくるけれど。 「……もうオレどこかの血管の負担大きすぎて、倒れちゃうかもよっ?」  もう無理……!  叫んでたら、玲央が可笑しくてたまらないと言った風で笑い出して。  もう知らないし。  恥ずかしさを紛らわすために、怒っていたら。 「優月ー来たんだー」  と、笑顔の勇紀が現れた。 「っつか、うわー、玲央がそんな風に楽しそうだと、ちょっと引くなあ……」 「……うるせーし」  玲央が、鋭く低い声で返してる。 「なんか優月、顔赤いね。はは、可愛いー」  ……っ……だから何でだろう。  何でオレ最近可愛い可愛い言われてるんだろうか。  これまでの人生の分全部足しても、他人にこんなに言われてないし。  20才間近の男が、可愛い言われて、なんて返すのが正解なのかな……。  うう……返せる訳ない。むりむり。 「優月行くよーこっちだよー」 「ぁ、うん」  玲央と勇紀が少し先で振り返ってる。勇紀の声に返事をする。  ――――……こっちを見て、ふ、と笑んでる、どこからどう見てもカッコいい人を目に映しつつ。  ……何で、玲央は、可愛い可愛い連呼するんだろ。  ――――……可愛い人、キレイな人、散々近くで見てきたと思うんだけど。  とにかく、玲央の可愛いは加減してもらおう、恥ずかしいから。  ……せめて、友達に言うのはやめてもらおう、すごく死ぬほど恥ずかしいから。  可愛いでハードル上げた後に、じっと見られるとか、もう絶対罰ゲームみたいだよう……。  そんな風に思いながら、2人のもとに向かって、歩き出した。

ともだちにシェアしよう!