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第201話

 蒼くんの個展がオープンして、しばらくの間はひっきりなしに人が訪れて、バタバタ大変だったけれど、とりあえず今少し落ち着いた。  ふ、と息をついて、蒼くんがお客さんの相手をして話している姿を目に映す。  こうして見てると、蒼くんは、ものすごいカッコイイ。  色んなお客さんを、スマートに案内してる。  オレが受付するだけでもすごく緊張しちゃう、何だかとても上品な人とかの相手も、全然余裕そう。 「野矢先生って、本当に素敵ですね」  一緒に受付をしてる、沙也さんと言う女性が、こそ、と言ってきた。  今は受付付近には誰も居ない。 「そう、ですね」  とりあえず頷くけれど。  ……オレにとって、仕事してる蒼くんは、完全に偽物……というのか。  ここまで化けられるって、すごすぎる。といつも、思う。  この蒼くんが本物なら、  オレの前に居る時の蒼くんは、あれは何なんだろう。  絶対、オレの前に居る、高校生から変わってないみたいな蒼くんが、本物に違いない。  まあでも。  ……ああいう風に、仕事は仕事で、ものすごくきっちりできるっていうのが、大人なのかなあ。  さっき、会った時の蒼くんを思い出す。  展示場に入ると、もう、すっかり準備は出来ていた。蒼くんはオープンを待つのみと言った風に、中をゆっくり歩いてた。  少し離れてスタッフの人も居るので、「蒼くん」と小さく呼んで近くに寄った。 「おはよう、蒼くん」 「おう、優月、よろしくな」 「ごめんね、今日、急に早く帰りたいとか言って」 「大丈夫、夜は空くだろうし。そーいや打ち上げは? オレ行く?」 「あー…うん。蒼くんが、空いてるなら……」 「空けといた。お前の相手、近くで見てみたいから」  楽しそうすぎて、ちょっと、やな予感がするんだけれど……。  でも1人で行くのちょっと……そもそもライブもついてきてほしい位。未知すぎて怖い……。  ライブの映像なんて、テレビの芸能ニュースとかで何回かちらっと見かけた程度だけど、なんかオレ、乗り切れないで居るうちに、つぶされそうな気すらするんだけど……。できたら他のお客さんから離れていたいけど、そんなスペースあるのかな。どんなライブハウスなのかちゃんと聞いておけばよかった……と不安になりつつ。  玲央を見たいって楽しそうな蒼くんは、また違う意味で、ちょっとだけ怖いけど。蒼くんが居れば何があっても大丈夫な気がするから、その安心感には代えられない。 「……ありがと、蒼くん」  そう言うと。ほんの少しだけ、間が空いて。  じっと、見つめられた。 「――――……なあ、玲央と、ヤった?」 「!!!!」 「あ、やっぱり?」 「な、なななんで……っ」 「なんか、セリフの最後一瞬オレから目を逸らしたから。 聞かれたくない事あんのかなーって思うと、今思い当たるのはそれかなって」 「――――……っっっっっ」  確かに、ちらっと、思ったかも。頭の遠く隅の方で。  とりあえずその事、バレないように、やりすごそうって。 「お前なー、オレに隠し事とか、100万年早いからな。そっかー、ついに優月も大人の仲間いりかー。……いやでもな。女相手にはまだだもんな。んー、どうなんだそれって。どっちもクリアして仲間入り? あーでもそうすると、オレそっちはしてねーからな……」 「………っっもう黙ってよっ!!」  真っ赤になったオレが、そう言うと。  ぷ、と笑って。 「玲央の事ばっか考えてねーで、ちゃんと仕事しろよー?」 「…………っっ」  …………と。これが会った時の会話。  信じられない。  デリカシーとか無いし。  自分の個展の、こんな静かなキレイな空間で、話すような会話じゃないし。  鋭いのはもう、感服する位だけど。  ――――……でも。  蒼くんが撮る写真と、描く絵は、本当にキレイで、人の心を打つ。  見つめてると、涙が出てくる時もある位。……ちょっと悔しいけど。  こっちが本質、なのかなあ…………。  いや。 やっぱりオレの目の前の、あの楽しそうな蒼くんが本質だと思うんだけど。ほんと謎。  悶々と考えていたら、また新しいお客さんが入ってきた。  今日も盛況だなー。  何回か手伝ってるけど、毎回やっぱり緊張する。  とか言いながら、やっぱり浮かぶのは、玲央のこと。  玲央は今頃、ライブの準備中、なのかなあ。  ……頑張ってね。  心の中で唱えながら。  玲央の顔を思い浮かべたら、ふわ、と笑顔になってしまった。

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