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第203話◇

「確かに玲央、遅刻どころか、めっちゃ早いよな」  ――――……確かに朝が早くて、不健康から一転、超健康的に過ごしてる事は、自分でも分かっているんだけれど。  そんなに楽しそうに見られるのもどうかと思うが。  勇紀は、心底楽しそうにオレを見て、続ける。 「昨日優月、可愛かったなー。やっぱさ、オレ、優月が赤くなるとか今まで見た事なかったと思うんだけど。玲央絡みだと、すぐ真っ赤んなるよね」 「よっぽどお前の存在と、セリフと行動が恥ずかしいんだな」  クスクス笑う勇紀と甲斐。  どんな言われようだ……。 「あれ、でも他の奴とでも赤くなるんだっけ? 何か玲央、言ってたよな?」 「……ああ、あれ、結局全部オレ絡みだった」 「あ、そうなの? はは。 ほんと可愛いー、優月」 「――――とりあえず優月の話は終わり。飲み物頼めよ」  オレがムリに話を切ってそう言うと。  颯也と勇紀がメニューも見ずに「ブラック」「カフェオレ」と言いながら、店員を呼ぶボタンを押した。すぐに来た店員に注文を済ませる。 「とりあえず、曲順は昨日話してたこれでいいか? ここらへんで、優月が来ると思うけど、正確には分かんねえから、そこらへんは臨機応変で頼まねえと……」  言いながら、進行表を3人の方に向ける。 「うん。いんじゃない?」 「良いと思うけど。 変えたい奴いる?」  颯也の言葉に皆、首を振る。じゃあ曲目、曲順決定。 「あとはMC。……たまには颯也と甲斐も喋れば? 盛り上がるんじゃねえのか?」 「オレはいーよ。玲央と勇紀が喋ってりゃ十分」 「オレもいー」  颯也と甲斐が嫌そうに言う。 「オレ居なくても 玲央がちょっと喋ればいいと思うけど」  と勇紀。 「玲央から一言聞ければ、皆、満足なんじゃないの?」  甲斐もすべて押し付けようとしてくる。思わず苦笑。   「つか、オレも好きじゃねーし。勇紀が一番向いてるだろーが」 「好きじゃなくても、玲央が喋るのが一番盛り上がるんだから、頑張れよー。 オレは良いけどさ、オレ1人喋ったってしょーがないでしょ。リーダーでボーカルなの、玲央なんだから」  一通り押し付け合った後。 「……だからオレら、喋りが極端に少ないとか、言われるんだよな」 「そもそもオレらのライブに、それ楽しみには来てないと思うんだけど……まあ、全くしゃべんない訳にもいかないしねー。所々、曲紹介くらいしようよ、ちゃんと」  甲斐が言って、勇紀がそれに続けて。  ふ、と何秒か黙った後、皆で顔を見合わせて苦笑い。 「まあ……頑張ろ」  勇紀が笑いながらオレに言う。肘をついたまま、頷く。  その時、甲斐がスマホを見て、「あ、搬入は終わったって」と笑んだ。 「設置も今からするって」 「サンキュー甲斐。そか――――…… どーする、早めに食べとく?」 「そーだな。リハ終えたら、また軽く食べるし。今食べちゃおう。もーこの店でいいよね?」 「ああ」  勇紀の言葉に、テーブルの隅のメニューを真ん中に置いた。 「あ、オレサンドイッチにしよ。卵サンドうまそう」  勇紀の言葉に、昨日ほくほく卵サンドを食べてた優月の顔を思い出した。  その瞬間、勇紀に見咎められて、顔を覗き込まれる。 「何? 玲央」 「……何って何だよ?」 「玲央もサンドイッチにするの?」 「いや。昨日食べたし」 「じゃあなんでそんな嬉しそうなの」 「――――……別に」  嬉しそうになんて、していただろうか。  そっけなく返すが、勇紀は楽しそう。 「……ああ。昨日カフェ行ってたもんね。優月と食べたのか。何、優月が好きなの?」  クスクス笑う勇紀。    ……ほんと、お前、エスパーかよ。   何も言わず。じろ、と視線を流すと。 「――――……玲央、なんか、ほんと分かりやすくなっちゃって。 オレ、めっちゃ楽しい……」  あははー、と笑う勇紀と、残り2人の笑った顔に、眉を顰める。  無視するに限る。 「――――……」  ――――……昨日のとこれと、どっちがうまいんだろ。  昨日の、すげえ幸せそうに食ってたもんな。    今度美味いとこ探して連れてってやろ。  なんて考えていることは、読み取られないように。  勇紀から視線を逸らしてメニューに、目を向けた。  その瞬間。  ぴこん、と優月からメッセージ。 『今話せる? 無理ならスルーしてね』  スマホをもって立ち上がり、「電話してくる。これ頼んどいて」とメニューを指さす。 「優月?」 「ああ、そう」  甲斐の言葉に頷いて、そのまま、優月を呼び出しながら店の外に出る。 『あ、玲央?』 「優月……」  なんか。和む。声。 「どうかしたのか? どうだ、そっちの仕事」 『ぁ、うん。今んとこ問題なくやってる。今オレ休憩なんだけど、玲央、今話してて平気?』 「オレも今から昼頼もうとしてたから。大丈夫」 『ごめんね、忙しいのに。 あのね、もしかしたら、割と早く行けるかも。個展は20時までで、ほんとはもう少し残ってやる事もあるんだけど、一緒に受付してる人がね、夕方以降空いてたら1人でも良いって言ってくれて』 「ん」 『明日その人も少し早く帰りたいらしくて、お互いそうしたいねって事になって、蒼くんもオッケイくれたの。着くの20時過ぎかなーと思ってたんだけど、その前に行けるかもしれない。あ、でもまあ、空いてたら、なんだけど……』 「明日もその仕事あるのか?」 『うん、個展自体は5日間あるの。土日は手伝う事になってるから』  ――――……2日あるとは聞いてなかった。 「……優月、今夜、どこで寝る?」 『え。あ、考えてなかった……ていうか、今日は玲央、打ち上げで遅いでしょ? オレ打ち上げに行ったとしても、そんなに長くは居ないから、家帰ろうかなって思ってる。明日もここ来なきゃだし』 「……そうか」 『蒼くんが、打ち上げついてくる気満々でいてくれてるから、とりあえず、ライブ終わったら外に出て、蒼くんと一緒に入ればいい?』 「あぁ、いいよ」 『とりあえず用はこれだけ……なんだけど……』 「ん?」 『……玲央?』 「ん?」 『オレ、すっごい楽しみで。――――……見たら泣いちゃうかも』 「――――……」 『もうさ、練習だけでも、カッコいいのめちゃくちゃ分かってるからさ。ヤバそう。すっごい号泣してても、スルーしてね』 「――――……」  は。何だそれ。 「優月」 『うん?』 「オレ、今日は、お前に見せるために歌うから」 『――――……』 「今までそんな風に思ってライブしたことねえけど。今日は、そうするから』 『――――……余計泣いちゃいそうなんだけど……』  優月のセリフに、ふ、と笑ってしまう。 『あ。オレ、そろそろ食べて戻らないと……』 「ん。じゃあ優月、後でな」 『うん。玲央――――……頑張ってね、死ぬほど楽しみにして行くから』 「ああ」  優月が最後に、ゆっくりそう言って、電話が切れた。  ――――……何で優月、こんなに、可愛いかな。   あー。 キスしたい……。  ふ、と息を付いて、浮つきすぎた気持ちを抑えてから。  店に戻った。  ――――……ライブハウス入りまで、あと3時間。

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