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第204話◇

 ライブハウス入りして、スタッフや関係者に挨拶を済ませた。  楽屋に一度戻って、ステージに呼ばれるのを待っていると。  こんこん、とノックの音。  顔をのぞかせたのは、見慣れた顔。 「こんにちは~」 「お疲れ~ 音合わせはまだ?」 「あ、お疲れ様です」  皆が口々に挨拶をする相手は、甲斐の親戚2人。  |小原 美奈子《おばら みなこ》と、|佐山 里沙《さやま りさ》。姉と妹で、それぞれレコード会社の社長。  美奈子はかなり大きな音楽会社を運営している。契約すれば、メジャーデビューが可能。里沙の会社と今は契約していて、インディーズでのデビューは去年果たした。  まだ売れてない実力があるバンドを探してきて、インディーズでデビューさせるのは里沙で、その中でも売れそうなのを美奈子が引き継いで、全国に向けて売り出す。お互い得意分野を生かしてて、このシステムはすごくうまくいっているように見える。  ちなみに、甲斐の母親の由美は、この2人の姉で、楽器の販売やイベントホールの運営をしてる会社の社長。姉妹3人、学生時代にはまったバンドへの愛からそのまま、今の仕事に繋がってるらしい。まあ、親の元手があるから始められる仕事だろうけど。ここまで長い事続いてるのだから、それぞれ手腕は文句なし。仕事熱は半端ない。 「玲央、今日も良い男ねー」 「ほんとほんと」 「美奈子さんも里沙さんも、いつもめっちゃキレイですよ」  ふ、と笑って返すと。  当たり前ー、なんて言って笑う。  年は、甲斐の母の年からざっと考えても、多分40は過ぎてると思うのだけれど。年齢不詳。めちゃくちゃ若い。  2人とも、名前で呼ぶように言われている。 「ね、メジャーデビューする気になった?」  会うといつも聞かれる。  答えはいつも同じだけど。 「もう少し考えます」 「またそれ?」  分かってるからか、美奈子は苦笑いするだけ。 「あたし的には、|Ankh《アンク》には今のまま、うちに居てもらった方が、稼げるんだけどね」  里沙が笑う。  甲斐を可愛がって関わってきた彼女たちの会社なので、おそらくデビューしても割と自由にやらせてくれるとは思うが。  オレを含めて、メンバー全員、音楽だけでやっていくとは決めかねている。 「まあその内ちゃんと考えて。 でも曲だけは作っといてね。どっちにしても、アルバム作ったりはしたいから」 「はい」  毎回聞かれはするけれど、しつこくないのも、楽でいいとこ。 「そーだ、美奈子さん、里沙さん、玲央がいま恋してるんですよ」  勇紀が面白そうにウキウキしながら、2人に言う。  えっ、と揃って振り返られる。 「ほんと? ついに?」 「どんな子??」  余計なこと言うなよ、と勇紀を睨む。 「反対されそうなんでしばらく黙っとこうと思ったのに」 「え、何で反対するのあたしたち?」 「しないわよ、玲央と甲斐が超適当に遊んでたって、否定してないじゃない」  美奈子と里沙が呆れたように言う。 「……相手、男ですけど」 「え。それ、本気で?」 「流行りのBL?」  瞬間的に色めき立った2人に、密かに、どん引きするメンバーとオレ。 「……別に流行ってるからじゃないですけど」  この反応って、むしろ喜んでる気がするけど、この人達、ほんと、おかしいな。 「なんか、タイのBLドラマをたまたま見ちゃったら、ハマっちゃって。ね、姉さん」 「そうなのよ、里沙に薦められて軽い気持ちで見ちゃったら……」  …………ああ。  なんかこの、ゆるーい、そこら辺の感覚。  ……甲斐の親戚って感じ。  ちらっと甲斐に視線を流すと、甲斐も少し眉を顰めて、叔母達を観察していた。 「その子、今日見に来るの?」 「ちょっと用事があって、遅れて来ますけど」 「わー、楽しみー玲央のお眼鏡にかなう子でしょ~ すっごい美人さんかなー」 「来たら教えなさいよね。今日一番楽しみかも……」  もはやノリについていけない。仮にも売り出そうっていうバンドのボーカルが、男と恋してるとか。……いいのか??と思うのだけれど。聞くまでもなく、気にしてなさそうだ。 楽でいいけれど……本当についていけない。  勇紀が辛うじてついていってて、その子が来たら、後ろの出入り口から、ライトをステージに向けて光らす、なんて説明をしてるので、完全に任せる事にして、口を出さないでいると。  コンコン、とノックがされて、ライブハウスのスタッフが顔を出した。 「|Ankh《アンク》の皆さん、音合わせとリハ、お願いしまーす!」  皆それぞれ返事をして、出る準備。  ステージに向かった。 ◇ ◇ ◇ ◇  ステージに立つと、最初に音響や照明担当のスタッフに、曲目や照明の指示などを書いたセットリストを渡して、少し打ち合わせをした。  チューニングまではさっき済ませていたので、楽器のセッティングをして、ドラム、ベース、ギター、キーボードの順にサウンドのチェックを行う。  それからボーカルのオレと、サブボーカルの甲斐が、マイクのチェック。  音のチェックが終わると、ステージ上に聞こえる中音のチェック、観客席から聞こえる外音のチェック。  一番音量が大きい曲をワンコーラス、Aメロからサビまで演奏して、音響担当のPAに確認・調整してもらう。 「中音で気になることあった?」  聞かれて、「ドラムの返しをもう少し大きくしてもらっていいですか?」と答えて、振り返ると、皆が頷いてる。  PAの指示を聞きながら調整し、途中で優月が来たら入れる曲を、リハの最後としてワンコーラス演奏して終了した。 「この曲、青系のライトでお願いします」 「okです」  照明担当のスタッフから、返事がくる。  そこから少し調整が行われて。 「オッケイです。お疲れ様でしたー!」  PAの声で、ふ、と肩から力が抜けた。  お疲れ様でしたーと、あちらこちらから声が響き、メンバーもそれに返す。  楽屋に戻る廊下を進みながら、 「今日スムーズだったな」 「だな~、良い感じ」  颯也と勇紀がオレの前を歩きながらそう話してる。  時計を見ると、17時前。  軽食を取って、19時からステージ開始。  ……優月、仕事早く終わるといーけど。  お前の為に歌うからなんてクサすぎる事、初めて言った。  ……そもそも、初めて思った。  歌うのは好きだし、バンドで演奏するのも気に入ってる。  客席と一体になって盛り上がるのは、かなり気持ち良くて、好きだし。  だから、学園祭で組んだ即席バンドが、ここまで続いてる。  ――――……好きだからやってるんであって、  誰かのためにとか、考えた事も無かったんだけど。  ――――……泣いちゃうかも、なんて言われて。  もうこの上なく可愛いと思ってしまって。  思わず、もう今日は、優月の為だけに歌おうと、咄嗟に思ってしまった。  ……正直なとこ、自分が謎すぎる。  でも、最近いつもいつも、謎だと思うけれど。  ――――……なんか、その謎だと思う感覚は、悪くは無くて。  何なんだろうな。  今まで、誰もオレを信じずに、嫉妬して束縛しようとしてばかりで。  オレはそれが面倒で鬱陶しくて、もはや愛そうともせずに、信じさせようと努力もしなくなって。  優月と会う前のオレは、色んな奴と楽しく過ごしてるふりをしながら、それを楽だからと、言いながら。 何だか、すごく虚しく、生きてた気がする。  普通に、愛して信じてはもらえず。  オレも、愛せず。このままいくのかと、何となく思ってた。  自分の中のぼんやりとした、穴でも空いていたかのような感覚が。  優月と居ると、ほんわか、埋められていくみたいで。  自分の中の病んでる部分を。  何が病んでいたのかを、はっきり自覚して感じたのは、優月と居るようになってからだけど。  そんなオレなのに、セフレでもいいからと付き合ってくれてた奴らにも、申し訳なかったなと、初めてそんな事も思ったり。  優月と居ると感じる、自分の中の様々な感覚が、  不思議でならないけど。  謎で謎で、本当におかしいなと思ってしまうけれど。  なんだか、とてつもなく、大事なものに想える。 「玲央、難しい顔してどーした?」  颯也に話しかけられる。 「……人生で初めて考えるような事、考えてた」 「何だそれ。やばいこと?」 「……まあ、優月の事」 「――――……なら平気か」  颯也が苦笑いで離れようとする。 「何で優月の事だと、平気かってなるんだよ?」  思わずこっちも苦笑しながら、そう聞くと。 「――――……優月と居るお前って」 「……」 「ちゃんと人間っぽいって思うから?かな」  くす、と笑って、颯也が目を細める。 「まあ、感覚だから、説明しろっつわれても、よく分かんねえけど」  クックッと笑いながら、颯也が楽屋に入っていく。  後を続いて入りながら。  ……まあ。  ――――……何か、言いたい事は分かってしまう気がして。  また、苦笑いが浮かんだ。

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