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第205話

【side*優月】  もう何回目かの手伝いだし。  今日もすでに何時間も経ってるし。  でもそれでも、どうしても貫禄がある人の相手はちょっと緊張する。  笑顔を心がけてはいるけれど、自然に見えてるか、心配。  すごいお金持ちの雰囲気のある人だと、怒らせちゃって蒼くんに迷惑かけたら大変、と思うと、余計にドキドキしながら、受付の対応をこなす。普通より、すごく気を使って、そういう点ですごく疲れる。  18時を回った。  大分昼間よりは減ったけれど、まだ結構続けて人が来るので、離れられない。  一組の案内を済ませて、中に送り出して、また新しく入ってきた人に向かい合おうとした瞬間。 「お疲れ様、優月」  顔を見るより先に、声が聞こえた。  聞きなれた優しい声。誰かはすぐ分かる。 「久先生」  ほっとする。  ――――……先生も、偉い先生で、ほんとはオレが「おじいちゃんみたい」なんて言って良い相手じゃないんだけど。  長年の付き合いで、それが許されていて。  先生も、オレを孫みたいなもの、と言ってくれてるし。  可愛がってくれてるのを知ってるので、それに甘えてしまっている。 「遅かったんですね」 「今日は別の集まりがあってね……友人を連れて少し寄ったんだよ」  久先生と並んで、すごくオシャレな感じの男性が、オレに向き直った。 「初めまして。久の孫、らしいね?」 「え、あ……」  久先生を見ると、ふ、と笑ってるので。ふふ、と笑って、「はい。小さい頃から可愛がってもらってます」と、頷いた。 「優月も絵を描くんだけどね。優しい絵を描く子なんだよ」  久先生が、オレの絵を表す時にいつも出てくる言葉。  技術とかはあとまわしで、ぱっと見の印象をその言葉で表す。  優しい絵。ホッとする絵。大事な部屋に飾りたくなる。  先生が、そんな風にほめてくれるから――――……余計絵を、続けたのかも。 「久がそんな風に褒めるとか。作品、見てみたいな」 「うちの離れの教室に飾ってあるよ。今度うちに来た時に見ればいい。ね、優月。 この子は火曜日に絵を描きに来てるから」  あ、自宅にも来る位、仲良しな人なんだ。  いいなあ、おじいちゃんになっても、こんなに仲良しそうなお友達が居るって。オレと美咲と智也も、そうなってると良いなあ……。  少しの間、久先生とお友達の男性と、話していたら、 「あ、父さん。いらっしゃい。|希生《きお》さんもいらっしゃいませ」  蒼くんが、久先生を見つけて、やってきた。あ、蒼くんも知ってる人なんだ……。  ちょうどその時、また別の人が来たので、沙也さんの隣に戻って、受付を済ませる。その後、何人かの対応をすませた所で、中を一緒に回っていた蒼くん達が、戻ってきた。 「優月、そろそろ良いぞ、行って」  時計を見ると、18時半。 「何か用事なの?」 「それがさ、父さん。優月、好きな奴のライブに行きたいんだって」  あわわ。  こんなとこで、相手、男とか、言わないでね、とちょっと焦ったけど。  意外?にも、蒼くんはそれだけで止まってくれた。 「へえ。好きな人の事は、あんまり聞いた事なかったね。居るんだね、優月にも大事な人が」  久先生がそんな風に言って、オレに笑いかけた。  ――――……大事な人。  玲央の事、大事な人、と表現したことは、今まで無くて。  大好き、とか、は何回もあるけど。  「大事な人」という言葉に、オレは、何だかすごく嬉しくなって。  何だか言葉が出なくて、ゆっくり、頷いた。  多分、めちゃくちゃ笑顔で。  そしたら、久先生は、おやおや、と言った顔で笑って。 「相当大事な人みたいだね」  クスクス笑われて、「あ」と思わず緩んだ口元を隠す。  久先生のお友達まで「若いっていいね」なんて言って久先生と笑ってる。  蒼くんは、「お前なんて顔して笑ってんの。緩みすぎ」なんて、髪をクシャクシャにしてくるので、「やめてよ」と髪を整える。  もう。  やっぱり、蒼くんは、絶対こっちが、蒼くんだし。 「良いよ、優月。もう出て。オレ、ここ片付けたら即そっち行くから」 「……蒼も行くのか??」  久先生が不思議そうに蒼くんに聞いた。 「そ。ライブの打ち上げとか出た事ないから不安なんだって。見守り隊」 「そんな事言って、優月の相手が気になるだけじゃないのか?」 「はは、分かる?」 「ほんと蒼は……。 優月の邪魔をするんじゃないよ」 「しないよ。……相手が良い奴なら」  ……なんか、その返答は気になる。  隣に立ってる蒼くんをじっと見上げると。蒼くんは、クスクス笑った。 「せっかくおいでって言ってくれたから、少しだけ顔出して……でも、すぐ帰るから。ごめんね、蒼くん、そんなちょっとの為に来てもらって」 「全然大丈夫。楽しみにしてるから。あと、そこ出たらどっかで飯食って帰ろ」 「ん」  楽しみにしてるっていう所が、何か少し引っかかるけど。 「沙也さん、オレこれで行きますね。また明日よろしくお願いします」 「はーい、優月くん、また明日。お疲れ様ー」 「じゃ蒼くん、ライブ終わったら、外出て電話待ってるね」 「ん。ライブはジャケット脱いで、ネクタイもゆるめときな」 「あ、うん。ありがと」  頷いてから、久先生とお友達に向き合う。 「じゃあ先生、オレ、行きますね」 「優月、ライブハウスなんて、行った事あるの?」 「無いです。すごいドキドキで……。 踏みつぶされないように頑張ります」  言うと、2人に、クスクス笑われる。  ……オレ的には、ちょっと本気なんだけど。 「気を付けてね」 「またどこかでね、優月くん」 「はい」  会釈して、そこを後にした。  少し遅れるけど――――……思ってたよりずっと早く着けそう。  電車に乗って、渋谷に向かう。  ちょうど19時。  今、始まった。  玲央って、緊張したり、すんのかな。  ――――……しなそう。  見られること、何とも思わなそう。  ――――……絶対絶対、カッコいいだろうなあ。  ふ、と微笑みそうになって、唇を軽く噛む。  スマホでライブハウスの住所を検索して、行き方を確認。  改札を出て、まっすぐに、その場所に、向かった。

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