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第207話◇

 勇紀が玲央に近寄って、何かを囁いてる。  そんな動作に、何だか下から、歓声が聞こえる。  囁かれた玲央は、勇紀に苦笑いして見せて。  その曲を歌い終え、音楽が止まると、玲央が片手を上げて、動きを止めた。 「――――……」  数秒、玲央が動かないから、場内が、しん、と静まり返った。  すごく、ドキドキする。  カッコ良すぎ、玲央。  ただ、片手を上げてるだけ。  なのに。  玲央を、そこに居る全員が見てるんだと思うと。  ほんとにすごいなと、思って。   「――――……」  玲央が静かに腕を下ろすと、ステージを照らしていた眩しいライトが消えて、青い光に包まれた。何かの、合図だったみたい。  何の音も鳴らない、静かな中で、お客さんのざわめく声が次第に大きくなってく。 「…Stay、歌うのかな?」 「え、ほんと?」  後ろの方で、聞こえた声。  下の客席からも、ざわめく声。    颯也のキーボードが、鳴り響いた。  瞬間、ワッと沸く、客席。  あ、昨日の曲だ。  玲央が、覚えててって言った、曲。  もしかして、お客さんて、この曲が滅多に歌われない曲って、もう、分かってるのかな。  盛り上がりすぎてて、歓声がすごすぎて、曲が聞こえない。  そう思った時、勇紀が、しー、と客席に向けて言った。  途端、静かになる。  こんなにたくさんの人が、一瞬にして静かになる。  ――――……感動……。    キーボードだけのイントロから、どんどん音が、重なっていって。  玲央が、静かに、歌い出した。  練習で聞いてた、他の曲とは、違う。  ダントツで、静かな、曲。  玲央の声だけが、すごく響く。  ほんと、イイ声。上手い。  静かだから余計。玲央の声が、まっすぐ耳に届く気がする。  好きな人が居る。でも、多分、もうすぐ 別れがくる  過去の楽しかったこと、後悔してること 思い返して  別れるしかないって、お互いが思ってる  でも、やっぱりこれからも一緒に居たいのに  そんな内容の歌だった。  そのまま一緒に居れるのか。  やっぱり別れるのかは、分からないまま。  切なさ全開で歌うから、きっと別れるしかないんだろうなと思うと、  もう、胸が痛すぎて。  好きだけど別れるとか、好きなのに諦めるとか。でもやっぱりこれからも一緒に居たいとか。そんな誰にでもある気持ちを歌ってるから、この曲、人気があるのかな……うー……。切ない……。  玲央が、歌い終わって、またキーボードだけの演奏になって。  静かに曲が終わって、数秒、静まり返る。その後。  大歓声。 「――――……」  なんか。  ――――……玲央の声に、包まれてるみたいで。  胸、痛くて。    ステージ上の、皆が、玲央に何か言って、笑ってる。  ふ、と笑った玲央が、不意にオレを見上げた。  あんまりに呆然としてたオレは。  玲央と見つめあって数秒。はっ、と我に返る。  瞬きをした瞬間。  目から何かが溢れ落ちて。  え。  気付いたら、ボロボロ、泣いてて。  手の甲で咄嗟に頬を拭う。  玲央が苦笑いしてるのが分かる。 「あー……――――……すげえ泣いてる奴が居るから……」  マイクで、玲央がそう言うと、会場が笑いで湧いた。  あ。この反応って、きっと、オレだけじゃないんだ、泣いてるの。  ……そうだよね、玲央の歌が好きでここに来てたら。これは、絶対泣いちゃうよね。  そうだそうだ、と納得しつつ。  涙を拭いて、何とか前を向く。  ああ、なんか、ちゃんと聞いた一曲目で、思いっきり泣いてしまった。 「次は明るい曲――――……jump!」 「一緒に歌って!」  玲央の声に盛り上がった所に、勇紀が重ねて言うと、更に場が沸く。  下の人達、音楽に合わせて、弾み出す。  オレ、下に居たら、邪魔になったかも……。  何となく、下じゃなくて良かった。  密かに玲央に感謝しつつ。  座ったまま、じっと玲央を見つめ続ける。  ほんとに、  ――――……キラキラ、してるなー……。  人を「キラキラしてて眩しい」なんて思うの、玲央が初めて。  心底、すっごく遠いところに立ってる気がする。    本当にオレ、あの人と、毎日一緒に居るのかな?  ……好きとか。可愛いとか。言ってくれてるのかな。  …………なんか全部が、夢のような気がしてくる。  でも、たまに流してくれる視線。  歌いながら、視線が合うと、笑ってくれるのが、嬉しくて。  笑ってくれる玲央は、いっつも触れてくれる玲央のまんまな気がして。    すぐ涙が滲む瞳は、もう完全に涙腺がおかしくなってるし。  胸はドキドキしっぱなしだし。  ライブって、全体力奪われるんだなぁとか、思って。  ……でもずっと座ってるけど、オレ。とか、ちょっと自分に突っ込みつっ。  キラキラしてる4人と。  盛り上がりまくりの場内とに圧倒されまくりながら。  非現実的な空間に浮いてるみたいな時を、過ごした。  

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