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第211話◇
「優月」
後ろから蒼くんの声がして、振り返る。
「悪い、結構遅くなった」
「全然。あの後、混雑しなかった?」
「夜はそんな来ねえよ。最後の客が長かっただけ」
「そっか。お疲れ様」
「――――……どうだった? ライブ。 ぽけっとした顔して」
くす、と蒼くんに笑われる。
「あー……オレさ、ライブって、初めてだったんだけどさ」
「ん」
「ほんとに、すっごい良かったんだー」
「――――……」
蒼くんは面白そうな顔をして、クッと笑う。
「玲央は、お前の事見つけてくれたの?」
「うん、受付の子がオレが入った事が分かるように、ステージに向けてライトつけてくれて。それですぐ気づいてくれた」
「へえ」
「なんか、オレが行ったら、歌ってくれるって言ってた歌があって」
そう言ったら、蒼くんはちょっと目を大きくしてオレを見て。
可笑しそうに笑い出した。
「ははっ。結構ベタな事するなー。そんで、お前は、とろーんてなっちゃった訳?」
「とろんていうか……泣いちゃった。もう、だーって」
「――――……お前、ほんとチョロいな」
クスクス笑って、蒼くんがオレの頭をグシャグシャ撫でる。
「まあ、楽しかったなら、良かった。踏みつぶされなかった?」
いっつもぐしゃぐしゃにされる髪をまた直しながら、あ、うん、と笑ってしまった。
「なんかバルコニーみたいな座れる席だったから、大丈夫だったよ」
「あー、良かったな。……つか、お前が潰されそうって、分かってたんだな」
面白そうに笑う蒼くんに、一瞬言葉に詰まる。
「……自分でも思ってたけど、皆にそう言われると、ちょっとどうかと思うね、オレ……」
皆のイメージそれかぁ……。
……智也にも気をつけろって言われたしなあ……。
オレ今年20才になるんだけどな。
……もうちょっと、しっかりしないと。
なんて、思っていたら、蒼くんが時計を見て言った。
「打ち上げはもう始まってんの?」
ネクタイを緩めながら、オレを見下ろす。
「あ、うん。蒼くんに連絡入れるちょっと前に、もう準備できたって言って、玲央たちが入ってった。ごめんね、蒼くん、今朝も早くから準備で忙しかったんでしょ?」
「別に、全然大丈夫」
「……なんかこんなとこまで、ついてきてもらって、ほんとごめんね?」
「はは。今更。……オレ、ずっと、お前の保護者じゃん」
「うん。……ほんと、そうだよね。いつもすみません……」
過去の数々を思い出しながら言ったら、蒼くんはクスクス笑った。
なんなら、お絵描き教室の先生の息子さん。という、だけの関係なのに。
ほんとの弟みたいに、心配して構ってくれて、なんだかんだとずっと関わって生きてきてくれた。まあ……弄って、遊んでるのが楽しそうだなとも思うけど。 でも、いっぱい助けてもらってきたと思う。
「いーよ、ちょっと毛色の違う飲み会に参加するって思ってるから。オレは飲むけどお前は飲むなよ」
「うん。飲まないよ。てか、まだ飲んだ事ないし」
「――――……やっぱり貴重」
クスクス笑う蒼くんは、オレをマジマジ見下ろす。
一緒に建物に向かって歩きながら話していると、ふと、蒼くんが立ち止まって、建物を見上げた。
「蒼くん、なに?」
「ライブハウスっつーから、もっと小さいとこ想像してた」
「あ、オレも。地下とかなのかと思ってた」
「何人居たんだ?」
「900人位って、受付の女の子が言ってたよ」
「へえ。人気あるんだな」
「うん。すごいよね」
「はは。嬉しそ」
蒼くんに苦笑いされて、でも嬉しくて、続ける。
「だって、すごく良かったんだよ。カッコよかった」
「はいはい。お前には、初恋フィルター掛かってるからなー。100倍位カッコよく見えるだろうな?」
「は……初恋フィルターって……」
熱くなる頬に、ちょっと蒼くんから視線を外す。
……恥ずかしいな。もう。
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