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第214話◇

【side*蒼】  ちびっこん時から、何か、気に入ってた。  お絵描き教室なんて、やまもりの子供が来る。  それこそ、始めた頃は、100人単位の子供が来てて、さすがに父さんに、取りすぎだと文句を言った。  来たいと言ってる子を断れないとか言うから、仕方なく、高校生だったオレも、お絵描き教室を手伝う事になってしまった。  ガキ、嫌い。  オレも高校生でまだガキだったけど、それよりもっとガキすぎる幼稚園&小中学生。  地獄か?   しかも、ちょっと若いオレは、ガキが嫌いなのに、何故か大人気で。  そう、嫌われてんのが、分かんないのが、ガキんちょ達……。まあそんなに無下にも出来ないから、仕方ない。  お絵描きしにきてんのか、オレと遊びに来てんのか、よく分かんねえガキんちょ達の相手をしている中で。  1人。  いつも静かに絵を描いてるちびっこに気付いた。  オレの所に、遊びには来ない。  でも――――……挨拶だけはちゃんと来る。  最初、「蒼先生」とか、呼んでた。  「先生じゃねえよ」と言ったら、「じゃあなんて呼ぶの?」と聞いてきた。 「くん、とか?」と答えたら、「蒼くん?でいいの?」と見上げてくる。 「いーよ」  そう言ったら、何だかふんわり、嬉しそうに笑った。  それが、優月、だった。  お絵描き教室を開いて、2年も経つと、オレと遊びにきてるのかというような奴らは、皆ほとんどやめて行った。  やっぱり残るのは、絵を描きたい奴だけ。  2年も経つ頃には、優月はもうすっかりオレに懐いてて、蒼くん蒼くん言ってた。  優月の事は、父さんも気に入ってて、最初の頃から、優しい絵を描く子、と褒めまくってた。まあ、分かる。  上手下手というより――――……なんか、和む絵。  それが作品として売れるかどうかは、分からねえけど。  なんか本当に独特な感じ。  父さんが孫みたいに可愛がってるって事もあって、オレも何だか自然と弟みたいに可愛がるようになってた。  習い事に来てるだけの奴とは、あのアトリエの中で付き合いも終わるはずなのだけれど、優月だけ違った。あそこに来た、数えきれない子供達の中で、優月の事だけ、外でも色々面倒を見てきた。優月がスマホを持ってから、連絡を取るようになったけど。とにかく、何もかも全部。あれだけの子供が居た中で、優月だけ、特別だった。  オレにとって、優月は、完全に、可愛い、弟。  オレは兄弟は居ないから分からないけれど、もしかしたら本物の兄弟よりも、他人だからこそ、余計に可愛いのかも。  優月の学校の学園祭とかに様子見に行くとか。もう、完全に保護者気分。  それを、あいつも、喜ぶもんだから、まあ余計に可愛い。普通、中高にでもなったら、嫌がる奴も居るだろうに。  顔をのぞかせると、「蒼くん!」と、めっちゃ笑顔で駆け寄ってくるし。  なんだろうなー、こいつ、いつまでこんなかな。と、思い続けて、ここまできてる。  ――――……人生、そこそこムカつく事なんて色々転がってる。  父さんが金持ちで、もともと有名な芸術家。  それは幸運かもしれないけれど、不運でもあって。  オレがどんなに頑張ったって、そういう後ろ盾があるからだ、という視線。  組み伏せるまで、苛つく事なんか、いくらでも、あった。今だって無い訳じゃない。  荒れてる時、優月の側で絵を描いてたりすると、何か和んだ。  何も言わなくても。  愚痴らなくても。  優月が描いてる絵を見ながら。  優月をからかいながら。自然と笑って。  優月はいつも助けてくれてありがとう、的な事を言うけど。  ――――……結構助けてもらってきたのは、こっちかも。と思ってる。  と。そんな優月が。  セフレって――――……と言い出した時は、ほんとに驚いた。  超奥手で、まだちゃんとした初恋もまだで、いつ、どんな彼女を連れてくるかなーと楽しみにしていたのに。  セフレ?? しかも、男?? は??   一瞬、相手、どーしてくれようか、と思った。  ――――……けど、どうも優月が、ふわふわ幸せそうで。  言葉通りの感じの関係じゃないのかなとも思った。    玲央との待ち合わせ場所に送りがてら、見ていたら。  ――――……優月を見てすごく、嬉しそうに笑った。  優月が、見ていない所で、優月を、大事そうに見ていたし。  大事そうに背中に触れていたから。  まあ、相手どーしてくれようかってのは、とりあえず、保留にしてやった。  まあ。 ……まだ優月、若いし。 取り返しもきくし。  恋愛経験まるでないっていうのも、20才になんのにどーなの?とも思うし。  オレは、どう考えても、優月に恋愛感情は、無い。  やっぱりどう考えても、男は無い。  だから、いまいち、優月が男とっていうのが、理解できないんだけれど。  でも――――…… あまりに一生懸命、恋してるように見えるから。  見守ってやりたいとは、思う。  ライブに行きたい、それはOK。早く帰っていいよと言った。  打ち上げに行きたい、けどちょっと怖い。 ついてくことにした。  もう少し、「玲央」の事も見てみたかったし。  そんなこんなで、今。ここに、居る訳だけれど――――……。  オレの視線の先で、玲央が、色んな奴に囲まれてる。  まあ派手な女がほとんど。  男も居るけど――――…… あれはセフレ? 友達?  こっからじゃさすがに分かんねえな……。 「お待たせしましたー」  さっき声をかけたスタッフの女の子が、笑顔で現れた。  飲み物を置いて、オレに、またいつでも呼んでくださいね、と見つめてくる。気づかないふりで、ありがとうと言って、さらっと流した。  優月に、アイスコーヒーと、ミルクとシロップをほれほれと渡す。  玲央の居る方を見ながら、ビールを一口、飲むと。 「蒼くんてさ?」  優月が、じーと、見つめながら、呼びかけてくる。 「ん?」 「モテすぎて困る?」 「……は?」  何だそれ。  クスクス笑ってしまいながら、聞き返すと。 「だってさ、受付の子も、さっきの飲み物持ってきてくれた子も、絶対蒼くんに興味あるし……そういえば昔から、蒼くんがオレの友達に会うと、あの人誰って超聞かれたなーて思い出した」 「まあ。嫌って程、モテるけど……」  ほんと、嫌って程。  優月は、まあ知ってる事も多いから、そうだよね、と頷いてる。 「蒼くん、悔しいけど、カッコいいもんね……」  ん? 「なんでそこに、悔しいけどって入るんだよ」  額をこん、と小突く。 「あ、つい本音が……あ、また言っちゃった……」  失言を続けて、優月が、やばいと、口を手で塞いでいる。 「お前……なんな訳?」  苦笑いとともに優月を見ると。 「……だってさ。オレと2人の時は、馬鹿笑いしたり、いじめて喜んでたりするじゃん?」 「オレがいつお前いじめてんの」  クスクス笑う蒼くん。 「結構いつも……?」 「いじめてるつもり、まったくないけど?」 「ええっ」  そうなの??とばかりに、オレを必死で見てる。  何だそれ。腑に落ちねえな。  可愛がってる、の間違いだな。  ……まあ、そんな反応も面白いから別に良いけど。

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