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第230話◇

 その時。  玲央たちの歌がちょうど終わって。  振り返ると、玲央が、こっちを気にして降りてくるのが分かった。 「……ちょっと見てろよ」  奏人くんは、そう言い置いて、玲央に向かって、歩いていく。  ……? 見てろ?  玲央が、多分、「奏人」と言いかけた、時。  奏人くんは――――……。  玲央の服を掴んで引き寄せて。玲央が体勢を崩した、その一瞬の隙に。  玲央に、キスした。  まわりが、ざわめいたけど。  全然気にせず。眉を顰めてる玲央にだけ聞こえるように、奏人くんは何かを囁いて、ぱ、と離れた。  それから、オレに向けて、べ、と舌を見せて。  奏人くんは颯爽と歩いて、ホールから、出て行った。  その場は、ものすごく、変な空気に包まれたけど。  まだステージに居た勇紀がすぐに、「玲央、もう一曲歌お」と言い出して。玲央も、空気を変えるにはしょうがないと思ったのか、一瞬オレを見て、それから、ステージに上がった。  勇紀がフォローしつつ、すぐに、歌い出した玲央を見ていたら。  蒼くんが、「優月」と声をかけてきて、まっすぐ見つめてきた。 「――――……大丈夫か?」 「あ、うん。……大丈夫」  不思議な位。  ――――……奏人くんが玲央にしたキスには、何も、思わなくて。  ただ、ほんとにすごく 好きなんだろうな、という気持ちが、なんか切なくて。何とも言えない気持ちに襲われてた。 「そういやさっき、今日、玲央がお前を連れて帰りたいって」 「え? あ……うん、そうなんだ……」  蒼くんの言葉、理解はしてるんだけど、いまいち、嬉しいとか、そっちにいかない。なんか遠くで聞こえてるような。  なんか、切ないのがオレにも移って、ここで、今日玲央と居れるって喜ぶのも、違う気がするし、そんな気にも、なれなくて。 「お前のスーツ、うちにあるから」 「え?」  続けて蒼くんが言った言葉が、今度は意味が分からなくて、首を傾げる。 「前の仕事ん時に、うちで私服に着替えた事あっただろ。そん時一式置いてったから、オレのと一緒にクリーニング出して、置きっぱなしになってるんだよな……」 「うん……??」 「明日会場で着替えればいーし。少し、早く来いよな」 「――――……??」 「とにかく、ここら辺に泊まって、玲央と、ゆっくり話してこい」  ……あ、そういう事か。  着替え取りに行かなくていいから、ゆっくり話せって事、か。   「ん。玲央にも聞いてみる、けど……分かった。ありがと、蒼くん」  頷いておいて。  ふと、蒼くんを、見つめる。 「ね、蒼くん。……オレが、奏人くんに言った事って……」 「うん?」 「……言わない方が良かった?」 「いや。良いんじゃねえ? お前が玲央を好きなのは分かったし。……あいつがそうなのも分かったけど」 「――――……うん。だよね……」  何となく、俯いたオレに、蒼くんはふ、と笑った。 「玲央の何がそんなにいいんだか?」  悪戯っぽく笑う蒼くんに、オレも少し笑んで、首を傾げた。 「んー……分かんないんだけど……全部、好き、だよ?」  言うと、蒼くんは、はいはい、と笑う。 「……でもなー。最後のキスはな……油断しすぎ、玲央」  蒼くんの声がちょっと低くなる。   「急だったし。……あれは仕方ない気がする」 「そういう問題じゃねえな。優月に見せつけさせるとかは、ちょっとな……」 「……え。蒼くん、今もしかして、ちょっと怒ってる?」 「……ムカついてる」 「オレが怒ってないのに、蒼くん、怒んないでよ」  ……蒼くんがマジで怒ると、怖いんだから。 「オレ、怒ってないよ?」 「優月が怒ってるかどうかは関係ねえよ、オレがムカついてるだけ」 「蒼くんー…」  怒ってるって、奏人くんじゃなくて、玲央に言ってるの? 油断しすぎ、だから、玲央だよね……。うう。 「怒んないでよ……」 「お前には怒ってねえぞ?」 「っ分かってるよ、玲央に怒ってるから、言ってるんじゃん」 「――――……」  蒼くんは、ぷ、と笑うと、よしよし、と撫でてくる。 「オレが何しても、静かにしとけよ」 「何する気なんだよー、お願いだから何もしないで」 「大したことしねえから」  クスクス笑う蒼くん。  ……だから怖いんだってば。 「まあでも、さっきの事だけどさ」 「ん?」 「お前は、よく怯まず、ちゃんと好きって伝えたと思うよ」 「――――……」 「頑張ったよな。 ああいうの、苦手だろ? ……お前が真剣なのが分かったから、とりあえずにしたって、退いたんだろうし。ちゃんと答えなかったら、退かなかったんじゃねえか?」 「――――……」 「悪かったな、口挟みそうになって」 「ううん。そんなこと、ないよ。オレこそ、せっかく助けてくれようとしたのに、ごめんね」  蒼くんは、瞳を優しくして、よしよし、とオレをまた撫でた。  あ、良かった。  もう怒って、ないかな? 「――――……っと、優月が陰で頑張ってんのに、玲央はさらっとキスなんかされてるしな……」  ……ていうか、さっきより、怒ってるかも。 「もうそれはいいってば……蒼くんー……」 「つか、ないだろ、キスされるとか。……ガードしろよ」 「――――……不意打ちだったし、しょうがないってば……」  何でオレがこんな事で、蒼くんの怒りを解かないといけないんだろう……。うーん……。  悩む……。

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