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第233話◇土曜の夜
「あ、玲央。ギターも、ドラムと一緒に運んでおいてやるから、楽屋に置いといて」
「あぁ。サンキュー」
甲斐の言葉に玲央が頷いてる。
そのまま、皆に別れを告げて、玲央と一緒に楽屋に寄った。
あんまり話さない玲央に、オレも何となく、余計な事は話さない。
玲央がちょっと待って、と、スマホを触ってる間。
少し考える。
なんか玲央、静かだなあ。
……蒼くん、さっき玲央に何て言ったんだろ?
蒼くんの事だからなあ。何言ったのか……ちょっと怖いけど。
だから静かなのかなあ、玲央……。
でも機嫌が悪い訳じゃなさそうだし、落ち込んでるとかでもなさそうだし。
「優月、いこ。――――……裏口から出るから、こっち来て」
「うん」
手首を優しく掴まれたまま、一緒に歩く。
裏口はライブハウスで働く人達の出入り口らしくて、警備員の前を挨拶をしながら通り過ぎた。
外に出てから、玲央が、オレに視線を向けながら、歩き始める。
「今ホテル取った。ルームサービスでご飯食べるんで良いか?」
「ホテル?」
「蒼さんがここら辺で泊まってゆっくり話せって。それでいい?」
「あ、うん」
歩きながら、隣の玲央を見上げる。
「ね、玲央」
「ん?」
「蒼くん、最後、何て?」
「――――……んー……蒼さんがキスしたと思った時の気持ち、優月に話せって」
「――――……」
「あと、明日の服は持ってくから、ゆっくり話してやれって」
「……なんか。ごめんね、蒼くん。過保護で」
そう言うと、玲央は、ぷ、と笑って、オレの頭を撫でる。
「過保護になる気持ちは分かるから、別に」
クスクス笑いながら、オレを見下ろす。
「可愛いもんな、優月」
すごく至近距離で、ふ、と瞳を細められて。
玲央の笑顔に、どきっとして。
顔、熱くなる。
ぷ、と笑った玲央に、頬に優しく触れられる。
「……早く行こうぜ、ホテル」
「ん」
なんか。
――――……玲央と並んで歩けるの、嬉しいな。
さっきまであんなに遠いところで、大勢の前で、歌ってて。
遠い世界の人、みたいだったけど。
打ち上げも、玲央は、色んな人に囲まれてて。
色んな人が玲央を好き、で。
そんな玲央が、
今は、オレの手を繋いで、歩いてくれている。
やっぱりちょっと不思議。
――――……でも、すっごく、嬉しい。
ふ、と1人で笑ってしまう。
「優月?」
「え?」
「何でそんな、嬉しそうに笑うンだよ」
「……え、嬉しそうだった?」
「――――……すごい嬉しそうだった」
玲央がクスクス笑う。
「オレ、今日ね。玲央とさ、ずーっと離れてたでしょ。朝からだし。ライブもだし。打ち上げも」
「ん」
「でさ、初めて会う人とも話したりしてさ、玲央との事、ずっと、考えてたんだけどね」
「ああ。それで?」
「後で、詳しく、話すけど――――…… オレは、玲央が大好きだなーて……もう、絶対好きだなって、思ったんだよ」
「――――……」
玲央が少し黙っちゃったけど、続けた。
「……少し迷ってたりもしてたんだけど――――……玲央が、居てくれる限り一緒に居るって、決めたの、オレ。」
言い終えた瞬間。
突然、ぎゅ、と抱き締められてしまった。
ライブハウスの裏口から出て、そのまま裏手の道を歩いていて、あんまり人は、居ない、とはいっても――――……。
「玲央……?」
「――――……優月」
きつく抱きしめられてしまっていて。
何とか玲央の顔を見ようとしたのだけれど。
さらに、ぎゅう、と抱き締められて。
後頭部、手で押さえられて、玲央の胸に、顔を押し付けられる。
「……っ??」
「あーもう……お前」
玲央が、くっ、と、笑ってる。
「……かわいーな、優月」
最後にもう一度、むぎゅ、と抱き締められて。
そっと離される。
見上げた玲央は。
――――……すごく、嬉しそうに笑ってくれてて。
だめだ、もう、オレほんとに、好き過ぎて。
胸がドキドキして、痛すぎて。
ただ見つめていると。
まっすぐ、見つめてくる瞳が柔らかく、笑んだ。
「――――……オレも後でちゃんと話す」
「……うん」
一応、頷いた。
そしたら、また、手を掴まれて。
引かれて、一緒に歩き始めた。
――――……なんか、でも。
もう、その笑顔見てるだけで。
話してくれなくても、良い気が、してしまう。
言葉、無くても。
なんかもう。大丈夫、な、気がする。
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