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第256話◇
蒼くんの個展の場所のすぐ近くまで来てくれた玲央と、何となく後ろ髪引かれながらも、別れた。
もうちょっと一緒に居たかったなあ……と、キリがない事を思いながら、最後に振り返ると、玲央はまだそこに居てくれて、バイバイ、と手を振ってくれた。手を振り返して、中に入ると、既に何人かのスタッフさんが居て、その中に蒼くんも居た。
「おはようごさいます」
そう言うと、皆から返事が来て、蒼くんも振り返った。
「おはよ、優月。受付んとこに紙袋ある。ここ出て奥のトイレ、フィッティングボードあったから」
「あ、うん、ありがとう。 あ、蒼くん」
「ん?」
「昨日も、ありがとう」
「おう」
二ッと笑って、蒼くんがまた皆の所に戻って行った。
トイレで着替え終えて、身支度を整えて、ふ、と息を付く。
鏡で、乱れてないか確認。ネクタイをちゃんとしめる。
ふ、と。
脱がせたい、と言った玲央の言葉を思い出して、かあっと熱くなる。
……っ……思い出すだけで赤くなっちゃうよ。
でもほんと。
……何でオレを脱がせたいなんて思うんだか、そこはよく分からない。
じー、と顔を見つめて。
う、うーん?
脱がせたい程、そんな、魅力が、オレにあるとは、とても思えない……。
なんでだろー? 玲央。
うーーん。
キレイな人に慣れすぎちゃって、逆を求めたとか……??
…………あ、落ち込むことを考えるのはやめよう。
玲央がそう言ってくれてるんだから、素直に受け取ればいいよね、うん。
さっき、別れる前、ここの近くに居るから、もし1人で昼とるなら、電話して、と言われた。
……ずっと一緒に居るのに、お昼も一緒に食べたいとか言ってくれるの。
――――……嬉しいし。
とりあえず、昼まで、頑張ろ。
受付の机の下に紙袋を隠して、ふ、と息をついた。
まだ開店までには時間がある。
ドアが開く音がして振り返ると、沙也さんが入ってきた。
「おはようございます、沙也さん」
「優月くん、おはようございます」
挨拶をしながら受付に歩いてきて、荷物を下のカゴに入れた。
「昨日、ライブ間に合いました?」
「開始にはちょっと遅れましたけど、楽しかったです。ありがとうございました」
「良かったですね」
笑顔の沙也さんに、笑い返す。
「あ、今日何時にあがりますか?」
「空いてからでいいので。人が多かったら、最後まで居ますから」
「分かりました」
そこに蒼くんが近づいてきて、沙也さんにも挨拶してる。
少し話して、蒼くんが離れていくと。
「そういえば優月くんて、野矢先生とどういう知り合いなんですか?」
「お絵描き教室の先生の、息子さんでした。入った時はまだ、高校生だったので」
「その頃から仲良しなんですか?」
「……仲良しに見えますか?」
「見えますよー、野矢先生がめちゃくちゃ可愛がってる感じがします。いいなあ」
……いいなあって。
いいなあって言うのも、なんか違う気がするけど。
オレの立場になっても、沙也さんが望んでる関係にはなれないし。
「……あれ、沙也さん彼氏さん居るって昨日言ってましたよね?」
「居ますよ?」
あ、じゃあ、何となく素敵って事?
「でも、野矢先生が告白してくれるなら、多分、即別れます。……とか言ったら彼氏に怒られるけど。 でも、最高級に素敵すぎて、私には付き合い切れない気もしますけど」
最高級。
すごいなー、蒼くんの評価。最高級、かー。
「……優月くん、ちょっと不思議そう」
沙也さんはクスクス笑ってオレを見た。あ、バレた。と苦笑いしていると。
「近いから、分からないのかも……」
「少しは分かってますけど……」
「少しってー」
沙也さんにクスクス笑われていると。
ふ、と蒼くんがオレと目線を合わせて、ちょいちょい、と、手招きをした。
蒼くんが1人で居る所に行って、顔を見上げると。
「笑顔だから大丈夫だとは思うんだけど」
「うん?」
「昨日のあれ、あいつ何て言ってた?」
「んー……すごく、嫌だったって」
蒼くんは、ぷ、と笑って。
「それで? すごく嫌だから何だって?」
「……うーん。色々セフレとかも嫌だったよな、て」
「でもお前はそれを、アホみたいにそんなに嫌じゃないとか言ったの?」
クスクス笑いながら蒼くんに言われる。ううん、と首を振る。
「それは、会った時からもうそれが前提にあったからだよ」
肩を竦めると、蒼くんはふ、と笑う。
「嫌じゃないとは、もう言うなよな」
「うん」
「まあでも――――……昨日は幸せだったか?」
「……うん」
オレが蒼くんを見ながら、恥ずかしいので少しだけ頷くと。
蒼くんは何だか嬉しそうに笑って、オレの肩をぽん、と叩いた。
「じゃあ今日もよろしく」
「あ、うん。よろしくお願いします、蒼くん」
もうすぐ開店時間。
色々思い出す事がいっぱいあったけど。深呼吸。
頑張ろ。
気合を入れて、背筋を伸ばした。
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