260 / 856
第262話◇
「玲央」
「……ん?」
「もう、絶対キスしちゃダメ」
む、と膨れたまま、まっすぐオレを見つめて、優月が言う。
「外で、キスしないで」
「――――……」
優月にしては、ちょっと強い口調で言ってから、視線を外して、俯いてしまう。
あ。
……結構マジで怒ってる?
「……優月?」
視線を合わせようと思って、軽く二の腕に触れたけれど、ぷいと顔を背けられる。
……その仕草も、可愛いとか思ってしまうオレは、自分でもどうかと思うんだが。それよりも。
珍しく……怒ってる、かも?
「――――……玲央のキスさ」
少し沈黙した後、優月が発した言葉は、さっきよりはもう柔らかい口調になっていて。どちらかというと、怒ってるというよりは、困ってる感じになってしまってるので、余計に胸に来るものがある。
「オレ、ダメなんだってば、ほんとに……」
優月が手を握って、口元に当てて、俯く。
「……ほんとに、オレ、玲央とキスしてるとさ」
「ん……」
「……何も考えられなくなっちゃうし」
「うん……」
「だから、外で、キスしないで?」
口元押さえたまま、む、と膨れて、そのまま上目遣いに見つめられる。
「ん。わかった。 ……ごめん」
「えっ」
ごめん、と言ったら、優月が、ものすごくびっくりした顔をして、オレを見上げた。
「えって、何?」
「……玲央、ごめんて言った?」
「……言った」
優月が、じー、とオレを見て。
「……玲央、謝るんだね」
そんな風な言葉と共に、もはや全然普通の顔になって、ふ、と笑う優月。
手が伸びてきて、そっとオレの頬に触れて、ぷに、と摘まんだ。
「……オレ、本気で怒ってる訳じゃないんだけど……」
「――――……」
「……玲央とキスするのが、嫌なんじゃないよ。でも、蒼くんには絶対バレちゃいそうだから、今だけは、やだったんだよ、オレ」
「……ああ。そう、だな」
……確かに。バレそう。
「分かってくれた……?」
ん、と、頷いたオレに、優月がまた、ふ、と笑って。
不意に近づいてきたと思ったら、ちゅ、と頬にキスしてきた。
――――……しかも、少し、長く触れてる。
キスすんなって言っといて、何でするんだ。
ゆっくり離れた優月を見つめると。
「これで終わり。もうキスしちゃだめだからね。我慢、して」
「――――……」
べ、と舌を出されて、優月がクスクス笑いながら、トイレのドアを開けて外に出た。
――――……我慢して、だって。
「……っ」
一瞬で熱が上がった気がする。
――――……すぐ優月についていけず、立ち尽くす。
……なんか。
…………これは。完敗かも。
分かってるけど、オレ、やっぱり優月がすげー好きみたい。
……最後のすげー可愛いし。
めちゃくちゃキスしたくさせられたまま、逃げられるとか。
しかもあんな楽しそうな顔して。
こんなとこで我慢できなくてキスしたり。
キスやだって言われて 謝ったり。
煽られて逃げられたり。
……何してんだオレ。
はあ、とため息。
「……玲央ー?」
ついてこないオレに、優月がすぐ戻って来て、ドアから顔をのぞかせる。
「早く行こ??」
視線が合うと、ふわ、と微笑む。
ああもう、ほんとに。
……可愛いし。
「――――……ん。行く」
言うと。
「うん」
優月がくす、と笑って頷いた。
ともだちにシェアしよう!