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第264話◇
出てこない玲央を迎えにトイレのドアを開けると、玲央はオレを見て、ちょっと苦笑い。それから、オレの押さえてるドアを更に開けて、トイレから出てきた。オレの前を歩いて、そのまま出口に向かって。
「ごちそうさま」
レジにいた店員に声をかけて、素通りしてしまう。え、と思った次の瞬間、気づいて。
「あ、玲央また先に会計……」
「ご馳走するから、仕事頑張れよ」
振り返って、ふ、と笑う玲央。
――――……さっきのホテルもいくらか教えてくれないし。というか、あそこ、なんか払える気がしないんだけど。……いくらなんだろ、ほんとに。
ほんとこの話、誰かとしたい。
蒼くんかなあ。でも蒼くんも玲央寄りだからな……。美咲かな、智也かな。
んー、勇紀達かなあ……。でも、勇紀達に聞いたら、きっと、今まで玲央はそうだった、で終わってしまいそうだし……。
「……ごちそうさま、玲央」
いいのかなあ、と思いながら、そう言うと。
ん、と玲央は笑う。
きっと玲央には普通なんだろうなあ……でもなあ……。
「それより優月、さっき、ほんとにごめん」
考えてたら急に言われた言葉。とりあえずこっちはまた後で考えよう。
店の前から少しずれて、「さっきのって?」と見上げると。
「あ……さっきのごめんと同じ?」
「そう。 ごめんな」
「もう謝ってくれたから、いいのに、何で改めて言うの?」
そう聞くと。
玲央は、ふー、とため息を付きながら。
「……優月にキスされて、我慢て言われてさ」
「うん」
「我慢すんのすげーつらいなと思ったから。も1回ちゃんと謝ろうと思って」
「――――……あ……さっきのほっぺにしたやつ……?」
「ん」
「……え、あれって…ほんとに我慢するとか、そういう話になるの?」
「なるけど?」
「――――……な、るの??」
ちょっとほっぺにキス、しただけなんだけど。
「……玲央のは、つらいけど……あれは、大丈夫じゃない……??」
続きしたくなるような、我慢しなきゃいけないようなものじゃなかった気がするんだけど。
「だってすげー可愛かったし」
むー、とちょっと膨れた玲央。
……さっきのオレの真似してるのかな。
なんか可笑しくなって、ぷ、と笑ってしまった。
「……玲央、そんなにオレにキスしたいの?」
「――――……したいっつってるじゃん」
まわりの人には聞こえないようにこっそり聞くと、すぐそう言われて。
もうなんか。胸がいっぱい。というか。好きすぎて。
だめだ、もう、今ここでキスされるんでも良いって、一瞬思っちゃうけど。
だめだめ、すぐ見える距離の所に蒼くんがいる。
違う違う、蒼くんだけの話じゃないし。人いっぱい。
無理無理無理……。
「――――……帰ったら、しようね、いっぱい」
「……だからそういう事、言うとさ、また我慢が必要になる訳。分かる?」
ふー、と玲央がため息を付いてる。
「オレも我慢するから――――……我慢してください」
「え」
何でだか最後敬語になってしまったオレを、玲央がじっと見つめる。
「優月も我慢なのか?」
「――――……」
思わず無言で、うん、と頷く。
……当たり前じゃん。
てか、その質問……分かってないな、きっと。オレの気持ち。
……キスしたいのは一緒だもん。
でも、外とか。正気保ってられなそうな時がやなだけで。
「……優月も我慢なら、オレも我慢するか……」
とか、なんかぶつぶつ言ってる玲央に、ふ、と笑ってしまう。
ずーと、キスしてたいなあとか……思っちゃうから、外で中途半端にされるの嫌なだけだし。
「あ、もう昼休み終わるの、10分前だ。早く行こ、玲央」
「ん」
さっき随分早く店を出ようとしてた筈なのになと思いながら。
2人で並んで、歩き出した。
ほんと。
――――……誰かと、キスしたりの話、こんな風にするとか。
我慢するとかしないとか。お昼から何言ってるんだかもう。とは。
思っちゃうんだけど。
――――……今までのオレの世界に全くなかったこんな会話。
こんなに好きな人と、できるの。
楽しいなー、なんていう風にも、思ってしまう。
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