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第300話◇

 再び数人のお客さんが続いて、案内を済ませて、また一息。 「里村さん、少し休憩して、飲み物とか飲んだ方が良くないですか?」 「蒼が戻ってから――」 「大丈夫そうですよ、今なら」  ふ、と笑んで、里村さんを見上げると、里村さんはじっとオレを見下ろした。 「どんな子なのかなーと思ってたんだ、蒼が可愛がってるとかさ」  その、言い方だと……。 「……蒼くんが可愛がるって、不思議なんですか?」 「――ああ、不思議、だなあ」  くく、と、笑いながら言うので、オレも思わず苦笑い。 「……だってあいつそういうタイプじゃねーもん」 「どう聞いてるのか、分かんないんですけど」  おかしくなって、くす、と笑ってしまう。 「高校生から蒼くん、ずーっと変わんないので……ずっと世話焼きのお兄ちゃんですけど」 「世話焼きねー……」 「からかわれること、多いですけどね」  笑ってしまいながらそう言うと、里村さんは、ますます面白そうに笑う。  自動ドアが開いて、蒼くんがスマホを後ろポケットにしまいながら、戻って来た。  ふと、オレと里村さんを見てから、里村さんに視線を流す。 「|晃《こう》、優月に絡むなよ」 「……絡んでねえし。な?」  ふ、と見下ろされて、うんうん、と頷いて蒼くんを見つめる。 「蒼くん、里村さんも、休憩してきて? 何かあったらすぐ電話するから」 「んー……行くか、晃」 「ああ」 「いってらっしゃい」  と、二人そのまま行くのかとおもいきや。 「晃、先行ってていいよ。――優月」  自動ドアが開いた所で、蒼くんが不意に戻ってきて。 「玲央は来てねえの?」  と言う。 「来てないよ」 「あれおかしーな。絶対ついてきてるんだと思ったのに」  ……確かに来ようとしてくれてたけど。 「ああ。お前、断った?」 「――」  何で分かるんだ。 「何で? 甘えりゃ良かったのに」 「――だって、なんか、悪いし」  はは、と蒼くんが笑って、オレの髪をまたクシャクシャにする。 「バカだなーお前。 甘えた方が絶対喜ぶって」 「だから、髪グシャグシャにしないでよ、スーツなんだから」  髪を整えながら蒼くんをちょっと睨んでいると。 「遠慮しない方がいいぞ。あーいうタイプは、頼られた方が嬉しいから」 「え。……そうなの?」 「絶対そうだろ」  そうなんだ。  ……えーでもなー……。 「やってくれるっていう事、全部受けてていいの?」 「イイと思うけど――何だ、玲央がついてきてるんだったら、うまい店、連れて行ってやろうと思ったのにな」  そんな言葉に、ふ、と笑ってしまう。 「先に言ってくれたら、玲央に言ったのに」 「だってオレ、あいつ絶対ついてくると思ってたから。来てなくて驚き」  クスクス笑われて、何回も断ったっけ、と思い出して苦笑い。 「また今度、誘って? 玲央に言っとくね」 「おう。じゃすぐ戻る。五分位」 「もうちょっと行ってて良いよ。混んだら、電話するから」 「ん」  今度こそ出て行く蒼くん。  自動ドアから出ながら、外側に立ってた里村さんに気付いて、「先行かなかったのか」とか言ってる。  二人が並んで歩いていくのを見送りながら、ふ、と息をついた。  ……全部甘えるって。    かなり難しいけど。  いつもだけど。  蒼くんの言葉ってなんか説得力があるから、すごく迷う。  そうなのかなーて。  でもどうなんだろ。 これは分かんないなあ。

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