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第351話◇

 もう、この坂、一気に下りれば駅。  思って、坂道を下りだした時だった。  追い越した人が、「あ」と、声を出した。  あ、誰か知り合いだったかな? と思って、振り返った瞬間、顔を見るより早く、その人が持っていたペットボトルが落ちて、転がってきた。  うわ、坂なのに。下まで転がってちゃう、と思って、焦って足を出した。何とか止められて、ほっとして拾い上げた。あ、オレもこのお茶好き。なんて思いながら、そのまま顔を上げて、ペットボトルを落とした人の顔を見たら。 「あ」  オレも、さっきのこの人と同じ、あ、しか出てこなかった。  ああ、さっきの、あ、は、こういう意味か、と思った。  知ってるけど。声かけるのは躊躇うけど。つい、出ちゃった、みたいな。  きっと、少し驚いてたらペットボトル、落としちゃったんだろうなあとか、一瞬で色々考えてしまった。 「奏人、くん……」 「――――……」  こないだのライブ以来。  玲央に、奏人くんがキスして――――……立ち去って、以来。  さすがに、ちょっと、気まずい。 「……え、と……はい」  ペットボトルを差し出すと。奏人くんは、「……悪い」と言って受け取った。奏人くんは、1人で歩いてたみたいで。受け取ると同時に、歩き出した。  どうしよう。なんか。追い越して走ってくのも気まずいし……。  後ろついてくのも……。 「駅まで帰るとこ?」  奏人くんが、オレを振り返って、そう言った。 「……あ、う、ん。そう」 「じゃあ……少し話しながら行く?」  なんか。  普通に、そんな風に、言う。  何だか、断ることも出来なくて。  ――――……うん、と頷いて、オレは、奏人くんの隣に並んだ。  少し、無言。  その間に、頭はフル回転。  何で、オレと、話すんだろう。  こないだあんな話、して…… オレは、奏人くんにとって、邪魔者でしか、ないだろうし。……オレのせいで、玲央と別れることになったって、絶対思ってるだろうし……。オレと何を話したいんだろう。 「――――……名前、何だったっけ……?」 「名前……オレの?」 「今他に誰の名前聞くんだよ?」  呆れたように言う奏人くん。  ……その通りです。なんかオレ、今、ちゃんと頭働かないかも。  ふ、と苦笑いが浮かんでしまう。 「ごめんね。 オレ、花宮優月だよ」 「――――……優月、ねー……」  ふーん、と奏人くんは、オレを見る。  とりあえず、嫌な感じはしないから、何となく、まっすぐに見つめ返す。  ――――……う、わー……。  なんか、近くで見れば見るほど、綺麗な顔してるなあ。  肌綺麗。髪の毛も綺麗。なんか、全部オシャレ。この人も、ものすごく、目立つ人だなあ……。 「……何?」  マジマジ見てたら、眉を顰められてしまった。  綺麗だなー、と思って。  なんて言ったら、何となく、怒られそうなので、言わない、けど。 「……このお茶さ」 「……?」 「玲央に買ってもらったんだ」  さっき拾い上げたペットボトル。  こないだ玲央とお揃いで買ったピーチティー。 「そうなんだ……」  あ、じゃあ玲央と会話したんだ。  そっか……。良かった、ていうのかな。でもそれをオレが言うのもな……。  2人で、数秒無言でいると。 「今何、考えてる?」  そう聞かれて。 「……玲央と話せたんだ、と思って」 「――――……何それ。良かったってこと?」 「だって、あのままじゃ……」  あのままじゃ、いやでしょ、と言いかけて。  なんかこれも、オレが言うのもなと思って、口ごもると。 「……オレ、ほんと、諦めないからな」 「――――……うん」 「いいのかよ?」 「……だって、それって、奏人くんの自由だし……」 「玲央に迫るかもよ?」 「……それも……オレがダメとか言う事じゃないし」  ……何が聞きたいのかなあ。  何だか不思議な、話し方。オレの返答を、ただ探ってるみたい、な……?? 「……妬いたりしないの? お前」  そんな質問に。  なんだろう。妬いて欲しいのかなと思いながら。 「――――……玲央の事、好きな人は、きっといっぱい居るし。これからも、そうだろうし……」 「――――……それでいーの?」 「良いも悪いもないっていうか……」  奏人くんと目が合うと。何だか不思議そうで。ふふ、と笑ってしまった。 「それでいーの?って……なんか心配してくれてるみたいに聞こえるんだけど……」 「……な訳ねーし。バカなの?」  一瞬黙った後、ぐさ、と刺さる言葉が飛んできた。 「……玲央が何でお前を好きなのか、全然分かんない」 「――――……んー。その気持ちは分かるけど……」 「――――……分かるって……あのさあ……」  綺麗な眉を、何やらものすごく寄せて、じっとオレを見てくる。

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