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第353話◇
電車を降りて、教室まで歩く。通い慣れた道。
時計を見て、玲央はまだ授業中だなあ、と思い浮かべる。
奏人くんと話した事を、電車の中でずーっと、思い返していたけど。
――――……何か多分。玲央がオレを好きな理由が分からな過ぎて、もう疲れたから、もういいやってなった、のかな?なんて、思うと。
ちょっとどうなんだろう、なんかごめんねと思いながらも。
最後、もういいやって言った時は、ちょっと清々しい顔、してて。
奏人くんは、少し、吹っ切ったかも……しれない、なんて思う。
こないだのライブのままだったら、きっと、辛いのが続きそうだから。
……なんか、意味不明すぎて疲れてでも、少し前を向いたなら。奏人くんにとって良かったのかな……とか、オレがこんな事を思ってるとか、きっとまた、怒られると思うけど……。
今までは玲央が好きすぎて、自分の気持ちを出さずにきたんだろうけど。
――――……こうなって、好きと言い切るの、すごく強くて。
ちょっとカッコいい気がする。
ほんと整った顔してて。
――――……近くで結構長らく見たら、もうなんか、奏人くんの絵も描きたいなあと、思っちゃうほど。
これも言ったら、怒られちゃいそう……。
でもなんか、少し、怒られるのも、ちょっと、楽しい。ような、不思議な気分。
……あの顔が……というか、他にも綺麗な人達が、玲央の周りにいた訳で。
さて。……何で玲央が、オレを可愛いというのかは、やっぱり謎すぎるんだけど。
まあ、いっか……可愛いって言ってくれるから、それで。
玲央がオレと居たいって言ってくれる限り。
――――……ていうか、玲央がずっと居たいって言ってくれるといいな。
このまま、ずっと、居れたらいいな。
そう思いながら、足早に歩いて、教室の前にたどり着いた。
「こんにちはー」
中に入ると、久先生と、何人かの生徒さんが絵を描いてる。まだ早い時間なので、子供も居る。
「あ! 優月くんー!!」
沢木 勝 くん。早い時間にオレが来れた時に会えると、良く絡んでくれる男の子。小学3年生。近所の子らしくて、お母さんとは来ずに1人で来てる。
通いたての頃はお母さんと来てて、何回か後に1人で来始めたんだけど、少し心細そうにしてたので、話しかけて、一緒に描くようにしてたら。
すっかり、懐いてくれた。
「勝くん、こんにちは」
抱き付かれて、クスクス笑ってしまう。
「一緒に描こうー」
「うん。良いよ」
今日の題材は、鮮やかな青いワインボトルと、綺麗な花束。
一生懸命描いたっぽい、勝くんの絵が、すごく可愛い。
「上手。勝くん」
「どこが?」
勝くんはいっつも、そう聞く。
全体的に上手、じゃなくて、ここが良い、ここが好き、て、言ってあげると、すごく喜ぶ。
上手になりそうだよなあ、この子。
ほんと、熱心。
オレに抱きついてくる時は、子供っぽい笑顔なのに、絵に向かう時は、眼差しが真剣。
「優月」
久先生が、手招きと小さな声でオレを呼んだ。
「勝くん、ちょっと待ってて?」
「うん」
立ち上がって、そう言うと、にっこり笑う。
ふふ、可愛いんだけど。ほんと。
絵を描いてるのを遮らないように、一番遠回りで先生の所に向かう途中で。
先生の近くに1人、座ってるけど、絵は描いてないみたい。生徒さんじゃなさそう。
――――……あれ。
どこかで会ったような……。
ふっと思い出した。
あ、こないだ、蒼くんの個展に来てた、先生のお友達の人だ。
蒼くんが呼んでたのは――――……。
きおさん、て言ってた気がする。
「こんにちは」
顔を見て、挨拶をしたら。
「覚えてるんだね」
くす、と笑われる。
「はい。久先生と、蒼くんの個展で……」
「希望に生きるって書いて――――……きお、って呼ばれてるよ」
「呼ばれてるだけで、ほんとは読み方違うけどね」
久先生が笑う。
「きお、の方がカッコイイからね」
「君はほんと、一体いつまでカッコいいを目指すかな」
呆れたように先生が笑うけど。
なんだか、楽しそうなやり取り。
「希生さん、て呼んでいいんですか?」
「うん、いいよ」
ふ、と笑われて。思わず、自然と笑んでしまう。
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