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第354話◇
久先生が、鞄を手に取って、中を見ながら、話し始める。
「今日ね、また蒼の個展に行ってきたんだよ。希生が蒼の写真を買ってくれるっていうからさ」
「悪かったな。こないだ行った時もイイと思ってたんだけど。家のどこに飾ろうかイメージがわかなくて。帰って、額を整理して、いいとこが空いたから」
「全然いいよ。――――……それで、買いに行ったんだけど。これをね、蒼が優月に渡してって」
久先生が鞄から取り出した封筒をオレに渡してくる。
中を見ると、お札。
「あ、バイト代……。ありがとうございます」
「昨日渡すの忘れたらしくて。……蒼と夕飯一緒だったんだって?」
「あ、そうなんです。美味しいお店連れてってくれました」
美味しかったなあ、なんて笑顔で応えていると。
「優月の恋人も居たから、なんか色々話聞いてたら、すっかり忘れたって、言ってたよ」
「あ。そうなんですね」
蒼くんもたまには忘れるんだなー、なんて思いながら、クスクス笑っていると。
「そういえば今言っててふと、思ったんだけど」
「?」
「こないだは、好きな人大事な人って聞いたと思うんだけど」
「はい」
「恋人、になったの?」
「――――……」
あ。
そう、です。
思ったんだけど、なんか、先生にそんな風に聞かれると思ってなくて。
なんか突然すぎて、かあっと顔が熱くなった。口元押さえて、ちょっと俯く。
目の前の2人が、あれあれ、みたいな顔で、優しい感じで見守ってくれてるのが、余計恥ずかしくなりながら。
「……はい。日曜日に……そうなって」
そう言うと。
2人は、クスクス笑った。そして先生が言う。
「そっか。優月、初めての恋人だよね?」
「…………」
照れくさすぎるので、無言で、うんうん頷いていると。
希生さんが、「可愛すぎないか? 優月くん。いくつだっけ?」と聞いてくる。
「……19です」
「そうか。まだ19か。いいねえ、初々しくて」
「希生の19の頃は、全然初々しくなかったけどね」
「え? そうだった? 初々しかったと思うけど」
「初々しいの反対側に居たよ」
「そんな訳ない。優月くん誤解だからね」
「――――……優月に嘘ついても無駄だけどね……?」
先生は、そんな事を言ってクスクス笑って、希生さんに視線を向ける。
学生時代からのお友達なんだ。
ほんと、いいなー、仲良しさん、と、2人を眺めてしまう。
「優月くん、はやくー」
勝くんに呼ばれて、あ、と振り返る。
「今日はここが終わったら2人で飲みに行くから、終わりまで居るから。あとで絵を見せてくれる?」
希生さんに言われて、はい、と頷く。
「久が褒めるから、興味があって」
「ああ、飾ってあるのも見せるよ。いいよ、優月見せておくから、勝くんのとこ行ってあげて」
「はい」
返事をして、勝くんの所に戻りながら。
……なんか、興味あるとか、嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいかも。
久先生のお友達だし、蒼くんの個展で買って家に飾るとか言ってるってことはそういうのに詳しい人だと思うから。緊張もするなあ……。
なんて思いながら戻ると。
「優月くん、おそいー、すっごい待ったしー!」
「ああ、ごめんごめん」
そんな長い時間じゃないのに、待っててくれるとか。可愛いなあ……。
来るのが遅いと、会えない事もあるから、会えた時、すごく喜んでくれるのが、ほんと可愛いんだよね……。
思いながら、先生から受け取った封筒を鞄にしまって、オレは、勝くんの隣に座った。
時計をちら、と見て。
玲央ももうすぐ、授業終わるかな……。
どんな車で来るんだろ。外車とかじゃないよね?
……なんか、乗ってきそうな気もするのが、玲央だなあ……。
ちょっと笑ってしまいそうになりながら。
早く会いたいなあ……なんて思いながら。
絵を描く準備を、始めた。
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