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第474話◇
帰る途中の、お好み焼き屋さんの駐車場にとめて、車を降りる。
ぴ、とリモコンで鍵をかけた玲央の隣に並ぶ。
止めた車をふと振り返って。なんとなく、お好み焼き屋さんに似合わないような、とまた思う。
「いこ、優月」
そっと腕に触れられて、引き寄せられる。なんかその引き寄せ方がスムーズすぎて。何でこんなにカッコいいかなと、ふと見上げてしまいながら店に近付いて。
引き戸の扉を開けて、中に入ると、いらっしゃいませーと店員さんが現れて、靴箱に靴を入れるように言った。
店員さん、入った瞬間から、めちゃくちゃ玲央を見てる。
……普通、そんなお客さんの事見ちゃいけないと思うんだけど。
――――……でも分かる。見ちゃうの。なんて思うと、くす、と笑ってしまう。
「優月?」
「ううん」
何でもないよと首を振る。
「足元、お気をつけて」
言われながら、店員さんについて2階にあがり、席に通された。
掘りごたつみたいになっていて、玲央と向かい合って、足を下に入れて座った。
「鉄板つけますので、気をつけてくださいね」
店員さんはそう言って鉄板に火を入れて、また玲央のことちょっと見ながら、退散していった。
「――――……」
玲央が、ちょっと周りを見回している。
「落ち着かない?」
「そういう訳じゃないけど……」
くす、と玲央が笑う。
「さっき、下でなんで笑ったんだ?」
「……ああ、あの、店員さんがね」
「ん」
「玲央のこと、すっごく見てたから」
「そう?」
「うん。見てたよ」
「――――……オレ優月しか見てなかったからな……」
とか。不意にそんな言葉でオレを固まらせたまま。玲央が、「メニュー見るか」とメニューを開いた。
……玲央って。
たまにすごく恥ずかしいなあと思う事を真顔で言うから。
もう。……照れちゃうよう。ほんと。
「優月、何が好きなんだ? 好きなの頼んで」
真ん中の鉄板が熱くて一緒には見れないので、もう一冊のメニューを渡される。
「うん……」
「どした?」
割と席は埋まっていて、すぐ隣にもお客さんはいる。
でも、焼いている音や、笑い声で、結構騒がしい。
大丈夫かなと思って、玲央を見て。
「……オレしか見てないとか、言うから……」
「……照れてンの?」
クスクス笑って、玲央がまっすぐオレを見る。
「いきなり、言うんだもん」
「いきなりも何も、そういうの、準備しては言わないだろ」
「そうだけど……」
「店員の子、オレを見てた?」
「見てたよ、すごく、ドキドキしてそうな感じで」
「ふうん……? 気づかなかった」
あの視線に気づかない。
……こういうのって、他人からの方が気づくのかな。
めちゃくちゃ見てたけどな。
……ま、いいか。
「玲央、お肉と海鮮とかと、どっちが好き?」
「優月は?」
「とりあえずいつも絶対頼むのは豚肉」
「じゃあそれでいい。あとは?」
「じゃあ、海鮮のミックス玉は?」
「いいよ。優月、鉄板焼き、食べる?」
「うん、食べる」
あれこれ決めて、店員さんを呼んだ。さっきの店員さん。
まためちゃくちゃ、玲央を見ている。注文をうけて、操作する機械を持つ手が震えている。
――――……あ。もしかして。
……ただカッコいいから、見てるとかじゃないんじゃ。
何か、声まで震えてる。
玲央もさすがに気づいたのか、ちら、と店員さんを少し見て、オレと目を合わせてくる。
注文を繰り返して、失礼しました、と離れようとする。
「あ」
オレが言うと、店員さんは、え?とオレを振り返った。
「あの……Ankhのファンだったり……?」
違ったらちょっと恥ずかしいので、小さめの声で聞いてみた。
玲央は話しかけたオレを見てから、店員さんの方を見上げてる。
「……はいっ」
こくこくこく。
「あ、やっぱり」
どうりで。めちゃくちゃ見てたし。震えてたし。
すごく納得。
「玲央、ファンだって……」
玲央に言うと、オレを見て、ふ、と笑う。
その笑顔のまま、店員さんを見上げて、「ありがとうね」と言った瞬間。
ボロボロ涙をあふれさせた。
わー。泣いちゃったー!
オレは1人でこっちで狼狽えていたのだけれど。
玲央はさすがで、全然狼狽えない。
慰めてあげて。でも、余計泣いちゃったけど。何とか持ち直したみたいで、復活して戻っていった。
「……良く分かったな? Ankhのファンとか」
「入った時から、すごい見てたから。ただ、カッコいいなーっていう見方とは、ちょっと違うかなって思って……」
「ふうん」
クスクス笑って、玲央はオレを見て苦笑い。
「今の子が料理もってくんのかな」
「んーどうだろうね……??」
クスクス笑ってしまう。
「玲央はほんとに有名人なんだね」
「有名人……」
何がおかしいのか、クスクス笑われる。
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