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第512話◇
マンションに近付いた所で、玲央がふと足を止めた。
「コンビニでなんか買う?」
「何を?」
「飲みたいものとかない?」
「んー……あ」
「ん?」
「アイス。食べたいな」
「OK」
ふと思いついて言うと、玲央が優しく笑う。
手を引かれてコンビニの自動ドアが開いた所で、する、と指が離れた。
でもそのまま、背中に手が置かれて、アイスの方に連れていかれる。
「このコンビニ、アイスたくさんだねー」
冷凍ケースが、すごいでっかい。
「何にしよ。玲央も食べる?」
「んー……」
「普段は? アイス、一人で食べる?」
「一人じゃ食べないな」
笑みを含んだその答えに、ふと、見上げる。
「あんまり甘い物食べない?」
「んー……いや、別に。チョコとかも食べたろ、こないだ。うまかったし」
じっと見つめられながらそう言われて、思い出したのは、口移しで食べさせられたチョコレート。
ぼぼっと、火がついたみたいに、顔が熱くなるオレ……。うぅ。
「……っ」
冷凍ケースを見る振りで俯くけれど、隣で玲央は、クックッと笑ってる。
絶対、今のワザとだ……。もー。
……オレは思うままに赤くなって、全然熱がひかないし。
ひどいよー。
「一緒に食べようかな」
クスクス笑いながら、玲央がオレを覗き込むような仕草。
ちら、と玲央を見て。目が合うと、つい笑い返してしまう。
「うん……玲央は、食べる時は、何を食べるの?」
「んー……さっぱりしてそーなやつがいーかな」
「さっぱり……」
んー、とケースの中を探して、「かき氷とか?」と見上げる。
「レモンとソーダがあるけど」
「ソーダにしようかな。優月は?」
「ピスタチオがいい」
そう言うと玲央が不思議そう。
「ふうん? 珍しい? オレ食べたことねえかも」
「うん、無い時もあるから、見つけると食べちゃう」
「うまいの?」
「んー。オレは好き。あとで食べる?」
「ん。じゃあ一口」
「うん」
それからお茶を選ぶと玲央が当然のようにレジに行って財布を出す。あ、とオレが止まったからだと思う。コンビニを出てからすぐ、玲央がオレを見つめた。
「あのさ、優月。前から話そうって言って、結局話してなかったんだけどさ」
「うん」
「こういう時、オレが出すからそれでいい? 優月は慣れないかもしれないけど……オレが色々してやりたいから」
「――――……」
してやりたいから。
……とか言われると。断るのもなんだかなと思うんだけど。
きっと玲央は今までもずっとそうしてきたんだろうけど……。
「じゃあ、そのかわりに、オレは、何をすればいい?」
「――――……」
玲央がまたオレと手を繋ぎながら、ふ、と笑う。
「何かしてほしくて、そーする訳じゃないしな」
「でもさ、されっぱなしっていうのも……あ、じゃあ玲央のお家で働こうかな」
「ん?」
「家事する」
今度は、ぷっと笑われてしまった。
「何だよ、それ……」
「え、だって……駄目?」
「駄目じゃないけど……それは、別に、払うからしてってことじゃないだろ。一緒に住むから、一緒にやろってことだよな」
「んー、まあ、そうなんだけど……」
でもなあ。なんか、ないかなあ。
「あ、その金は神月の家のじゃいなから。そこらへんも気にしなくていいよ」
「……そうなんだ」
「そう。オレが余裕で払えるうちは払うってことで」
「余裕じゃなくなること、ある?」
「……無いように頑張るけど」
クスクス笑って、玲央がオレを見下ろす。
「一緒に居てくれる時は払う。良い?」
「――――……じゃあ、オレが何か出来る事ないか考えてくれる?」
「……だからそういうんじゃないんだけど」
クスクス笑われる。
「――――……じゃあ、絵、描いて」
「ん?」
「描ける時に、絵を描いて」
意外な言葉に、じっと玲央を見つめる。
「オレの絵に、そんな価値ないような……」
「出るかもしれないだろ? 投資みたいなもん?」
「――――……」
よく分かんないよ、と言いながらも、笑ってしまう。
「――――……まあ……これ、簡単に言うとさ。してあげたいって思うだけなんだよな」
「――――……」
「食べさせたいとか、着せたいとか、好きなとこ、連れて行きたいとか。オレがそうしたいってだけだから……」
まっすぐ見つめられてそう言われて。
ふ、と息をついた。
「……ありがと」
「ん」
そう言うと、玲央は嬉しそうに笑う。
多分こういう人なんだろうなあ。今までずっとこうやって生きてきてて。
……これ以上断るのもなんだかなって気がするから……。
オレはオレで、玲央にできること、考えようかなあ……。
あ。そーだ。
出してもらった分ひそかに貯金としいて、たまったら何かプレゼントするとか。
――――……うん、そうしよう。
いいこと思いついた気がする。
「……何考えてんの?」
「え?」
「嬉しそうな顔してる」
クスクス笑われる。
あれ。顔に出てた?
「ううん。何でもない」
「ふうん?」
マンションのエントランスに入って、エレベーターについて。
扉が閉じた瞬間。
繋いでた指を引っ張られて、軽く、キスされた。
「何でもなくないだろ。そんなニコニコして」
「んー……玲央、大好き」
にっこり笑って、ちゅ、と頬にキスしたら。
玲央は一瞬びっくりした顔をしてから、ふうん、と首を傾げて苦笑い。
「――――……誤魔化そうとしてるだろ」
ぷに、と頬をつままれる。
「……まーいいけど」
くしゃくしゃ頭を撫でられながら、玲央の階で降りる。
「……いつか言うね?」
見つめてそう言うと、玲央は、クスクス笑いながら頷く。
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