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第532話◇
玲央を描き終えてから、ずっと本を読んでいた。
静かで、すごく集中して読み続けて。ふ、と気付いて時計を見ると、十六時過ぎ。
本を置いて、んー、と背伸びをする。
玲央は……さっきと形、変わってない。
――――……なんかこのまま固まっちゃうんじゃないかと、変な心配が浮かぶ位。
ほんとは、お散歩とか。おすすめしたいとこだけど。
この集中を途切れさせたらいけないのかなとも思うと、んー、と迷う。
どうしようかな。
――――……邪魔、しない方がいい、かな。
でもなんか……動いた方がいいような。
しばらく、玲央を見ていたのだけれど 、めちゃくちゃ真剣なので、このままにしておくことに決めた。
部屋を出て、自分の荷物からメモ帳を取り出す。
『すこしお散歩に行ってくるね』
一言書いて、ちょっと自分に似てる絵を描いて、手を振らせてみた。
そうだ、こないだのチョコレート。
玲央が買ってくれた箱入りのチョコをキッチンの棚から二つ取り出して、玲央の居る部屋に戻る。玲央の近く、さっきボトルを置いた横に、そのメモとチョコレートを並べて置く。
玲央は全然気づかない。なんかそれを見てると、真剣なのがほんとにカッコよく思えて、微笑んでしまう。
立ち上がって、ドアをゆっくり閉めた。
駅の方に行こうかな。
甘い物補給に買ってこようかなあ。
小さい鞄に財布とスマホだけ入れて、肩にかける。
玄関に座って、靴ひもを結んで立ち上がって、玄関の鍵を手に取った時。
かちゃ、と、玲央の居る部屋のドアが開いた。
玲央は何か考えてるみたいでぼんやりしてたけど、ふっとオレに気付いた。
「――――……優月?」
あ、これは、メモには、気づいてないな。
どこか行くのか?という、不思議そうな顔をしながら、ゆっくり、玲央が近づいてくる。
「あのね、メモに書いたんだけど、おさん――――……」
途中で、近くまできた玲央に、むぎゅ、と抱き締められる。
「おさん……ぽ?」
クスクス笑いながら、玲央が聞いてくる。
……言い方、可愛い。
ふふ、と微笑んでしまって、お散歩、と答えた。
「どこまで?」
「そこらへん、ぶらぶらーって」
答えると、また微笑んだ玲央に、ちゅ、とキスされた。
「オレも行く」
「え。いいの?」
「ちょっと詰まってたから――――……外の空気吸うのもいいし。優月と話したい」
「うんうん、いこいこ」
めちゃめちゃ、頷いていると。
また頷きすぎ……と笑う玲央に、顔を挟まれて止められる。
「――――……」
見つめ合ったまま、キスされて。
玲央の瞳が優しく、緩む。
「ちょっと待ってて、すぐ用意してくる」
「うん」
一人で出ようとしてたのに、タイミングよく出てきてくれた玲央と、散歩行けることになった。
……すっごい、嬉しい。
財布とスマホをポケットに突っ込みながら、玲央が近づいてきた。
「優月」
「ん? ……んっ?」
ぱく、と。口の中にチョコが入ってくる。
目の前で、玲央も一つ、チョコを食べてる。
あ、さっきオレが置いた……。
「ありがと、優月」
よしよしされて、そのまま、ちゅとキスしてから、オレを見て「嬉しそうだな?」と優しく笑ってくれる。
うんうん、だってめちゃくちゃ嬉しいもんね。
「行こ?」
靴を履き終えると、玲央の手が背中に触れて、一緒に部屋を出た。
エレベーターを降りて、エントランスから出て、そこで立ち止まる。
「風、気持ちいいねー」
「そだな。どっちに行きたい?」
「んー。じゃあ、向こうは?」
いつも玲央と通っている大学までの道は、大分見慣れてきたけれど。
逆側はまだ歩いてない。
「向こうって、何があるの?」
「公園がある。公園の横に、すこし大きいスーパーもあるよ。行く?」
「うんっ」
二人で歩き始めて、少し経つと。
「――――……」
玲央が不意に静かなトーンで、歌い始めた。
歌うというか、ハミングみたいに。メロディだけ。
「――――……」
少しの間、それを聞いて玲央を見上げていると。
「……これ、サビのとこ」
「うん」
なんだか、出来立ての曲を、玲央のハミングで聞けるとか。
なんて贅沢なんだろう。
そんなことを思って、ふふ、と笑ってしまう。
「綺麗なメロディ。……切ない曲なの?」
「この曲はな」
「素敵だと思う。今の、好き」
「そか」
玲央も、微笑んでくれる。
……なんか、ほんと、幸せだなあと、思う。
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