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第562話◇

「優月、ここ座ってて」  ピアノの椅子に座らされて、玲央が一旦立って離れる。 「玲央、ピアノ触ってもいい?」  後ろの棚で、何かを探している玲央が振り返り、「もちろん。いいよ」と笑う。  そっと指を置いて、音を確かめてみる。  弾き心地が、すごく良い。 「良いピアノだね……」 「ん。弾き心地で選んだから」  言いながら、玲央が何かのファイルを渡してくれる。 「なに?」 「連弾の楽譜」 「あ。前、話したね」 「ん」  パラパラとめくって、ある曲で止まる。 「これなら弾いたことあるよ」 「ん。じゃあ、今やってみる?」 「え、やるやる!」 「はは。即答。好きって言ってたもんな?」 「うん。玲央もでしょ?」 「ん」  笑いながら玲央がメトロノームを手に取る。 「オレ、ピアノ自体が久しぶりすぎだけど、出来るかな」 「ゆっくりやろ」  言いながら、玲央がオレを見つめる。 「これくらい?」 「うん」  玲央がゆっくりめにメトロノームをかけて、ピアノの上に置いた。 「優月が旋律の方引いて」 「うん」  連弾は、一台のピアノで、二人で演奏すること。  メロディーを主に担当する方よりも、玲央の方が難しい。ピアノの先生とやる時は大体先生がやってくれていたっけ、と思い出す。 「一回楽譜見ていい?」 「いいよ」  オレが楽譜に目を通している間に、玲央がペダルに合わせて座りなおしている。ざーっとページをめくる。 「……うん、大丈夫だと思う」 「ん」  なんか緊張する。  ――――……けど、とても、良い緊張感で。    ふ、と、隣の玲央を見上げる。  優しく笑ってくれる玲央に、笑い返してから、ピアノに向きなおる。 「――――……」  弾き始めると、玲央の音が重なってくる。  連弾の何が楽しいって。  一人じゃ出せない数の音が鳴り響いて、音に迫力が出たり深みが出たりすること、だと思うけど。  ――――……一緒に弾く人と、呼吸があうと、すごく気持ちいい。  音が邪魔をしあわず、綺麗に響くから。  もちろん、合わない人だって居る。  そこは話し合ったり、練習したりして合わせるのだけれど、初めて弾いてすぐ、根本的に合うか合わないかは、大体分かる。  玲央は。  ……すごく、弾きやすい。    音が、この上なく綺麗に重なって、響いて、広がっていく。  なんかすごく、楽しすぎて。  いつまでもこのまま弾いていたい、なんて思ったのに。  あっという間に、一曲、弾き終わってしまった。  最後の音を弾き終えて。  シン、と静かになる。  余韻に浸っていたくて、黙っていた。  数秒おいて、玲央に視線を向けて、見つめると。  玲央も、ゆっくり、こっちを向いた。 「――――……どうだった? 優月」 「……オレは……今までで一番、気持ちよかった気がする……」  そう言ったら、玲央もふんわり笑った。 「オレもそうだった」  そう言われて、めちゃくちゃ嬉しい。 「曲が終わんなきゃいいのにとか、初めて思ったかも」  クスクス笑う玲央の言葉に、「オレも。ずっと弾いてたいって思った」と、そう言うと、すぽ、と抱き締められる。 「――――……相手の音を聞いて息を合わせろって、よく言われたけど……すっげえ、意味が分かったかも」  抱き締められたままで、そう言われて。  嬉しくて、ふふ、と、笑ってしまう。 「――――……優月、すげー……好き」  気持ち良すぎて、弾んでた心臓が。  玲央に抱き締められてると、また違う、ドキドキで。  抱き締められたまま、よしよし、と頭を撫でられて。  ――――……うん、と、頷いた。  

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