556 / 856
第562話◇
「優月、ここ座ってて」
ピアノの椅子に座らされて、玲央が一旦立って離れる。
「玲央、ピアノ触ってもいい?」
後ろの棚で、何かを探している玲央が振り返り、「もちろん。いいよ」と笑う。
そっと指を置いて、音を確かめてみる。
弾き心地が、すごく良い。
「良いピアノだね……」
「ん。弾き心地で選んだから」
言いながら、玲央が何かのファイルを渡してくれる。
「なに?」
「連弾の楽譜」
「あ。前、話したね」
「ん」
パラパラとめくって、ある曲で止まる。
「これなら弾いたことあるよ」
「ん。じゃあ、今やってみる?」
「え、やるやる!」
「はは。即答。好きって言ってたもんな?」
「うん。玲央もでしょ?」
「ん」
笑いながら玲央がメトロノームを手に取る。
「オレ、ピアノ自体が久しぶりすぎだけど、出来るかな」
「ゆっくりやろ」
言いながら、玲央がオレを見つめる。
「これくらい?」
「うん」
玲央がゆっくりめにメトロノームをかけて、ピアノの上に置いた。
「優月が旋律の方引いて」
「うん」
連弾は、一台のピアノで、二人で演奏すること。
メロディーを主に担当する方よりも、玲央の方が難しい。ピアノの先生とやる時は大体先生がやってくれていたっけ、と思い出す。
「一回楽譜見ていい?」
「いいよ」
オレが楽譜に目を通している間に、玲央がペダルに合わせて座りなおしている。ざーっとページをめくる。
「……うん、大丈夫だと思う」
「ん」
なんか緊張する。
――――……けど、とても、良い緊張感で。
ふ、と、隣の玲央を見上げる。
優しく笑ってくれる玲央に、笑い返してから、ピアノに向きなおる。
「――――……」
弾き始めると、玲央の音が重なってくる。
連弾の何が楽しいって。
一人じゃ出せない数の音が鳴り響いて、音に迫力が出たり深みが出たりすること、だと思うけど。
――――……一緒に弾く人と、呼吸があうと、すごく気持ちいい。
音が邪魔をしあわず、綺麗に響くから。
もちろん、合わない人だって居る。
そこは話し合ったり、練習したりして合わせるのだけれど、初めて弾いてすぐ、根本的に合うか合わないかは、大体分かる。
玲央は。
……すごく、弾きやすい。
音が、この上なく綺麗に重なって、響いて、広がっていく。
なんかすごく、楽しすぎて。
いつまでもこのまま弾いていたい、なんて思ったのに。
あっという間に、一曲、弾き終わってしまった。
最後の音を弾き終えて。
シン、と静かになる。
余韻に浸っていたくて、黙っていた。
数秒おいて、玲央に視線を向けて、見つめると。
玲央も、ゆっくり、こっちを向いた。
「――――……どうだった? 優月」
「……オレは……今までで一番、気持ちよかった気がする……」
そう言ったら、玲央もふんわり笑った。
「オレもそうだった」
そう言われて、めちゃくちゃ嬉しい。
「曲が終わんなきゃいいのにとか、初めて思ったかも」
クスクス笑う玲央の言葉に、「オレも。ずっと弾いてたいって思った」と、そう言うと、すぽ、と抱き締められる。
「――――……相手の音を聞いて息を合わせろって、よく言われたけど……すっげえ、意味が分かったかも」
抱き締められたままで、そう言われて。
嬉しくて、ふふ、と、笑ってしまう。
「――――……優月、すげー……好き」
気持ち良すぎて、弾んでた心臓が。
玲央に抱き締められてると、また違う、ドキドキで。
抱き締められたまま、よしよし、と頭を撫でられて。
――――……うん、と、頷いた。
ともだちにシェアしよう!