557 / 856
第563話◇
「――――……」
玲央が部屋を出て行って、少し経ったのだけれど、オレはまだピアノのところで、ぼー、としながら、音を響かせていた。
連弾が終わった後、抱き締められて、しばらくはそのままくっついてたのだけれど。シャワー浴びてくるから待ってて、と玲央が言って、軽く頬にキスして離れていった。
玲央って。
――――……あんな風に、ピアノ、弾く人なんだ。
学園祭のイケメンナンバーワンになってた時とか、出会った時の印象からしたら、なんだか全然違う。
派手で目立つ人。色んな人の真ん中で、騒いで、楽しそうで。
……今も別に、見た目が変わってる訳じゃないけど。
……優しいのはもう知ってたんだけど。
――――……玲央のピアノ。……良かったなあ。
さっき。
玲央と演奏したのも。
……気持ちよかった。
ふ、と気持ちが和らぐ。
連弾、いっぱい弾いたことあるけど。
……本当に、今までで一番、気持ちよかった。
さっき弾いた曲のメロディーを、ゆっくりと弾いてみる。
一人で弾いても、もちろんちゃんと曲なんだけど。玲央と一緒に弾いた重なった音たちが綺麗すぎたから、どうしても、物足りなく感じる。
玲央と、弾く呼吸が合うっていうのが。
すごく嬉しい気がする。
波長というか……無理に合わせることのできない、元の部分ていうか。そういうのが合ってる気がするのって、なんだかとってもとっても、嬉しい。
……玲央といると、それだけで楽しいからなあ……。
――――……なんか、引き寄せられてしまうみたいに、好きになったっけ。
玲央が弾いてくれた方は、メロディを弾く時もあるけど、大体は音を重ねる方だから、一人で弾くにはちょっと難しい。右手だけで練習してみる。
オレのと上手に合わせてくれたのは、玲央がうまいから。
……曲作ったりでピアノ弾いてるから、上手なままなのかな。
久しぶりに弾くピアノの音に、なんだか気持ちよくて、覚えている曲を続けて弾いていると、不意に、玲央が隣に立った。
「あ。玲央。おかえり」
「ただいま」
「気づかなかった」
ピアノを弾くのを止めて、玲央を見上げると。
肩に、玲央の手が乗って、ぽんぽん、と叩かれた。
「最後まで弾いて?」
そう言って、玲央が離れて、ソファに腰かけた。
ん、と頷いて、続きを弾き始める。
ピアノって、弾いてると、無心になれる。
絵を描いてる時もそうだけど。
そういうのが、オレは好きみたい。
ピアノも絵ももちろん誰かが教えてくれて、見てもらったり、誰かと一緒にしてきたし。表に向けて弾いたり描いたりもするんだけど――――……でも一番大事なところは、一人ですることが多くて。自分の中と向き合うみたいな感じ。
そんなのが好きで、ずっと出来たらいいなあなんて、思って。
これに関しては、一人で無心、が好きだったんだけど。
――――……玲央を描いたり、玲央と弾いたり。
なんかこの二日間。玲央に絡んでそれらをするのが楽しすぎて。
玲央がすんなりとオレの世界に入ってきて、自然と居てくれるのが。
というか、玲央だけじゃなくて、自分以外の誰かが。
オレのこの大事な部分に居ることを、こんなに好きだと思う日がくるなんて、思いもしなかった。
ともだちにシェアしよう!