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第602話◇

「……きもちー」  後ろから優月をやわらかく抱きしめたまま湯舟につかっていると、オレに寄りかかったまま、そう呟く。 「気持ちいいか?」 「ん……」  笑いながら聞くと少し眠そうな感じで、頷く。 「……そうだ、優月」 「うん……?」  ゆるい動作で、優月がオレを振り仰ぐ。 「……オレの絵、描いてくれてたんだな」 「……」 「オレが曲作ってる時。スケッチブック見た」 「……あ。置きっぱなしにしちゃってた。見ちゃったの?」  ちょっと照れ臭そう。 「見ちゃった、て……」  言い方が可愛くて少し笑ってしまう。 「ん、見ちゃったな」 「……ごめんね、勝手に、絵描いてて」 「何で謝んの。嬉しかったよ。ちょうどそん時、勇紀たちと電話しててさ。見せちゃったしな」 「え。見せちゃったの?」  びっくりした顔で、オレを見つめる。  そうだよ、と笑いながら頷くと、優月は「ちょっと恥ずかしいかも……」と、なんだかお湯につかってしまいそうな感じになってる。 「実物より良く描かれてるとか言ってたぞ」  苦笑しながら言うと、優月は、むー、と唇を軽く噛みながら、オレを振り返る。 「そうだ、オレ、本も置きっぱなしだね。寝ちゃったんだっけ……」 「見せる気なかったの? オレに」 「……うーん。すごくささっと描いてたから、もうちょっと綺麗にしたら、とかは思ってたけど……」 「十分綺麗だったけどな」  そう言うと、優月はまだオレの方を振り返ったまま。でもまた恥ずかしそうに少し俯いて。 「……玲央がね」 「ん?」 「…………真剣で、カッコいいなぁ、と……思いながら、描いたんだよ」  何だかすごく照れてます、て顔で言うので。  もう本当に、可愛くてしょうがない。  どうしてこんなに可愛いんだろう。  ……不思議な位、ドストレートに、心臓に来るというか。  後ろから抱き締めていた優月の脚に手を回して、くるんと体勢を変えさせて、横向きに座らせた。 「――――……」  少し顔を逸らして照れまくっていた優月は、モロに顔を見合った瞬間、今更また赤くなる。 「…………」  頭に手をかけて、引き寄せて、唇を重ねる。 「……何でそんな照れるんだ?」 「…………だって、なんか。玲央は真剣なのに……オレ、一人で、カッコいいなあとか、ぽわーとしててさ。あと、描いてたのも知らないところで見られちゃうとか…… 前に、オレのマンションで、玲央の絵見られた時も、すっごい恥ずかしかったんだけど……」  何やら一生懸命、恥ずかしい理由を説明している優月。 「よく分かんないんだけど、絵って、良く人に見られるものじゃねえの?」 「うん。……そう、なんだけど」 「あんまり描いた絵、人に見せたくない?」 「ううん。飾られるし、そういうのは全然」 「ふうん?」  じゃあ何がそんなに恥ずかしいんだろうと、少し首を傾げるオレの目の前で、ちょっと困ってる優月を見つめる。  お湯で温まって、ほこほこに上気してる肌が、なんかすげー可愛いなあと、思う。 「……あの……一人で玲央のこと思いながら描いた絵を……知らないところでみられちゃうのが恥ずかしい、のかも……」 「……」 「……なんか……めちゃくちゃ……好きな気持ち、入ってるような……あ、前に書いてた絵はまだそこまでじゃなかったけど、でもずーっと玲央のこと考えてたし……」 「…………」  何だか言えば言うほど焦りながら説明してる優月が可愛すぎて、オレは、ぎゅっと抱き締めた。 「ん、なんとなく分かった」  クスクス笑いながら、ヨシヨシ撫でると。 「…………絵に描かれるの、やじゃない?」  と聞かれる。 「嫌な訳ないし。やまもり描いていいよ」  そういうと、優月の手が、オレの背に回って、きゅ、と抱きついてくる。    ……死ぬほど可愛いんだけど。  どうしたらこの可愛いと思う気持ちを、優月に全部伝えられるのかが、よく分からない。  

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