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第603話◇

 ほこほこに温まった優月とバスルームを出て、体を拭いてバスローブを着せてから、椅子に座らせた。  ドライヤーをかけ始めると、ひたすらほこほこした顔で、とても眠そう。 「眠い?」  聞くと、ふとオレを振り返って、にこ、と笑う。 「ちょっと、眠い」  既に寝ぼけたみたいな口調が、まあ。本当に、可愛い訳で。  髪が乾くにつれ、柔らかいフワフワした触感。いつも通り、風呂上りの優月は、ちょっと子供っぽくも見えて。さっき見た小さい頃の優月がまた頭に浮かぶ。 「あのね、前も言ったんだけどさ」 「うん?」 「……髪触られてると、すごく眠くなっちゃうんだよね」 「ん。分かる」  クスクス笑いながら、フワフワした髪のまだ少し濡れてるところを乾かしてからスイッチを切った。 「優月、顔赤いから、水飲んできな。オレは自分で乾かしてから行くから」 「えー? やだ、オレがやる」 「ちょっとのぼせてるだろ?」 「だいじょーぶ」  立ち上がった優月に手を引かれて、位置を交換。 「終わったら水飲むよ。ありがと」  ふわふわ笑いながら、優月がドライヤーをかけ始める。  まだ眠そう。  ドライヤーをかけていると、音がうるさくて、あんまり話せないけど。  ちょうど鏡の前だから、オレの髪に触れてる優月の顔が見えるので、退屈しない、というか。すげー楽しい。  なんかすごくニコニコしながらかけてくれるから。  人にかけてもらうとか、前なら絶対無かったと思うけど。  なんか最近いつもこうしてるよな、と思いながら。  これ、いつまでしていられるんだろうなあなんて思いながら、優月を見ていると。 「玲央」 「ん?」 「あの……」 「ん」 「……ちょっと、見すぎ……かなと……?」 「ん」 「……照れるから。ちょっと、ちがうとこ、見ててほしいかな……」 「……」  妙な要求に、ふ、と笑ってしまう。  見てるくらい平気だろうに、ほんと今更だなあと思う位、ずっと一緒に居るのに。 「オレと見合うの、慣れてこない?」  少し振り返って聞くと、優月は、ん、と止まって。 「……慣れてはきたんだけど……あーでも、慣れないかなぁ……」  オレが椅子に座ってるので、少し見上げる感じで、見つめていると。 「そうやって、下から見られるのとか、無理……」  ドライヤーを少し避けて、オレの頭をふわっと手で挟んで、前を向かせてくる。 「無理なの?」  苦笑しながら聞くと、「無理です」とまた敬語で言われる。 「あと、鏡越しも恥ずかしいから、向こう向いてて」  くき、と左側を向かせられる。  なんだかもう、可笑しくてならないのだけれど。  優月も自分で言ってて可笑しいなと思ってるみたいで、クスクス笑ってる。  少し笑いが収まった頃に。 「オレね……ずっと、玲央の髪、乾かしてたいなぁ」  なんて呟いてくる。  恥ずかしいとか照れるとか、いっぱい言うくせに、そういうのを言う方が恥ずかしくないのかなと、オレは思うんだけれど。  優月は、そういうのを素直に口に出すのは、恥ずかしくないみたいで。  むしろ普通はそっちの方が恥ずかしいんじゃねえのかなぁと、思う。  ……思うけど。 「……さっき、おんなじこと思ってたよ」 「ん?」 「いつまで、こうしてられるかなーみたいなこと、思ってた」 「――――……」  優月はオレと鏡越しで目を合わせて、何度か瞬きをしてから。  それから、ふ、と後ろから覗き込むようにしてくる。 「……玲央もオレの髪、乾かしてたいって、こと?」 「そう思ってた」  そう言うと、優月はめちゃくちゃ嬉しそうに、瞳を細めて笑う。 「そっか」  ふふ、と笑ってから、また姿勢を戻して、ドライヤーを続ける。 「……そっかー。良かったー」  のどかな声で言って、嬉しそうに笑ってる。  絶対、こういうことを言う方が恥ずかしいと思うし。  特に、言わない奴だったと思うけど。オレ。  優月と居ると。言った方がいいのかなと、思ってしまうというか。  自然と伝えたくなるというか。  何だかご機嫌で鼻歌を歌いながら、ドライヤーをかけてる優月を見てると、可愛くてしょうがないし。  言って良かったんだと、思えるというか。 「はい、終わりだよー」  優月がスイッチを切ってドライヤーを片付けている間に、立ち上がろうとしたオレに、「あ、待って」と言った。 「ん?」  もう一度座りなおすと、片付け終えた優月がオレの肩に手をかけた。 「……玲央ー」  後ろから、むぎゅ、としがみつかれて、名を呼ばれる。 「……大好き」  笑み交じりに言った優月が、ちゅ、と頬にキスしてきて。  むぎゅー、としがみついてる。  顔を上げないのは、照れまくりなんだろうなと思って。  鏡越しに見えるのは、オレにしがみついてる優月の頭だけだけれど。  愛しくてたまんないっていうのは、ほんと、こういうことなんだろうなと。  思った。

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