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第621話◇
しばらく一緒に描いてた勝くんが帰って、一人で黙々と絵を描く時間。
頭の中、空っぽになって、ただ絵を描く。
どれくらい、そうしていたかな。
ふ、と気が付くと、周りに居た人たちも大分減っていた。
また気づかなかった。他のことをしてる時はあんまりないけど、絵を描いてる時にたまに、周りのこと、全然気づかない時がある。集中してる人も多いから、皆も先生に挨拶だけして帰っていくから、問題はないんだけど。気づく時はもちろん挨拶するし、会話したりもするのだけど……。でも、すごく集中して絵を描くこの時間は、なんとなく自分にとって、すごく大事だな気がする。
「優月、一息入れたら」
先生が、そう言ってくれたので、はい、と返事をして、持ってきていたペットボトルのお茶を一口飲んだ。
「絵、見ようか?」
「あ、お願いします」
先生も絵を描いていた席から立ちあがって、オレの隣に来てくれて、絵を見つめる。
「……ふふ」
「先生?」
少しの間見つめていた先生が、不意に笑ったので、顔を見上げた時。
「ただいまー」
後ろのドアが開いて、蒼くんの声がした。
「あ。お帰り、蒼くん」
「お帰り」
スーツ姿の蒼くんが入ってきて、まだ居る他の生徒さんにも挨拶をしながら近づいてきた。
「優月、そろそろ描きあがりそうか?」
どれ?とオレの絵を覗き込む。
今日描いたのは、いくつか置いてあった題材の中、可愛いフランス人形。
「……ふーん」
蒼くんがクスクス笑って、オレを見下ろす。
「……笑うとこ、ある……??」
結構、いい感じで描けた気がしてたんだけど……。そういえばさっきも先生もちょっと笑ってたような。
自分の絵を見つめて、首を傾げていると。
「なんつーか……父さんも一緒かな」
そう言って久先生に視線を向けると、先生は、そうかもね、と笑った。
「……なに??」
蒼くんを見上げると、蒼くんはオレをチラッと見てから、もう一度絵に視線を向けて。
「……すげえ幸せそうだなーと思って。人形の顔が」
「え」
蒼くんを見てた目を絵に向ける。
……そうだろうか。普通に普通に、見て感じたままを描いたのだけど。
別に笑ってる顔をした人形ではないし。無表情、といってもいい顔だと思うし。
特に、幸せだなあとか考えてた訳でもないし……。
「まあ昔から、気分が絵に出るタイプだからな、優月」
蒼くんはクスクス笑って、そう言う。
「オレは、この絵、好き」
ふ、と笑って、見つめられる。
「優月の絵は、ほんと和むよねえ……」
先生もクスクス笑う。
「技術だけでは出せないものだから。そのままで描いていってほしいよ」
「――――……はい」
自然と、顔が綻んでしまう。
技術の面で色々アドバイスされることももちろん多くあって、いつも勉強になるけど。たまにこんな風に褒められると。やっぱり嬉しいなと思う。
「もう少し描いていく?」
「あ、でも……」
蒼くんを見上げると、「良いよ続けてて」と笑う。
「オレ、着替えてくるから。ゆっくり描いてて、いーよ」
「ああ、蒼と出かけるの?」
「そう。飯行ってくる。聞きたいこといろいろあるし」
クスクス笑う蒼くんに、「ほどほどにね」と笑う先生。
それを聞いて、うんうん、ほどほどにお願いします、と心の中でちょっぴり呟く。
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