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第623話◇
「優月、何か食べたい物あるか?」
車にエンジンをかけて、シートベルトをしながら、蒼くんが僕を見た。
「んー……何だろ。唐揚げ……とか?」
「じゃあ……また居酒屋行くか?」
「うん。オレ、どこでも。蒼くんがつれてってくれるとこ、いつも美味しいし」
「お前はいつもそう言うけど。なんでも食べるもんな」
笑いながら蒼くんが、車を走らせ始める。
「先々週以来、か」
「うん、そうかな」
「玲央の話、初めて聞いた時」
「うん、そう」
返事をしてから、少し考えてたらこらえ切れずに、ふふ、と、笑ってしまった。
「なんだよ?」
ちらっと視線を流されて、んー、と考えてから。
「蒼くんが、玲央を見たいって、待ち合わせ場所まで送ってくれちゃったなーと思ったら、なんかおかしくて」
「……まあ、でも見に行くだろ、あれは」
笑みを含んだ声で、蒼くんは言う。
「優月みたいな奴が、いきなりセフレとか言いだしたら、ヤバいって思うし」
「……ん」
まあ。……そうだよね。とは、思うけど。
そのまま見に来るとか。普通はしないと思うんだよね。
「……まあでも、あれだな」
「うん?」
「……さっき描いてた絵を見た限りだと」
「うん」
「うまくいってそうだなと思うけど」
「そんなの、分かっちゃうの……?」
怖いなー、蒼くん……そう思いながら聞くと。
「なんつーか、優月ってさ」
「うん……?」
「たまに悩むことあっても、自分から何も言わないし、顔にもあんまり出さない奴だけど……絵には、すぐ出るんだよな」
そんなセリフを聞いていたら、ふっと今まであった蒼くんとの色んなことが頭をよぎる。
「今まで、蒼くんに急に、何かあった? て聞かれたのって……それ?」
「絵を見て分かる時もあるし……絵を描いてる時に、ぼー、とし出したりもするから、描いてる優月を見て分かることもあったげと。まあ、とにかく、優月は、そこら辺で分かるよな」
「……絵だと、何で分かるの?」
「さっきみたいな顔があるものだと、表情で分かるし。他だと、色使いとか。今日はなんか暗めだなーとか」
「……それで蒼くん、いっつもぴったり聞いてきてたんだ……」
「分かりやすいよな、優月は」
「……他の人は分かんないよ。蒼くんだけだよ、そんな人」
クスクス笑ってるけど。
……分かるかなあ? 蒼くんの絵見て、描いた時の機嫌とか……。
オレ、そんなに出ちゃってるのかと思うと、どうなんだろうと思うけど。
「さっきの絵は、なんつーか……穏やかだったからな。落ち着いてんの分かる。まあ……」
「……?」
「明るい色使い。浮かれてんのも、分かるけど」
「……そんなに?」
「まあ……優月に違うって言われたら、気のせいっていう話だけど?」
可笑しそうに笑って蒼くんがそう言う。
……言われて考えていると、気のせいではないような気がして。
子供の頃から、何で少し悩んでるってこと、バレるんだろって思ってたし。
「オレ、こどもの頃、蒼くんのことね」
「ん?」
「エスパーみたいって、ずっと思ってた。あ、今も思ってるかも……」
そう言うと、ん?とチラッと見られて、それから。
「ああ……つか、じゃあ合ってるってことじゃんか」
「そうなっちゃうね……」
うん、と頷きながら、笑ってる蒼くんを見る。
「エスパーの蒼くん的にはさ? オレは、今、大丈夫そうって思うの?」
「思うよ……ま、んなこと言っても、まだ付き合いたての段階だしな? 今ヤバかったら、長くは無理だろうけど」
「……今、ヤバくはないと思う」
玲央との日々を、思い起こすと。
……なんかもう、楽しすぎて。好きすぎだから。
「今のとこはね、蒼くんに心配かけなくて大丈夫だと思うよ」
「……ふーん?」
「あ、でも……蒼くんは、男同士だってことで、心配する?」
蒼くんは、男同士ってことに、なんて言うんだろ。
そう思って聞いてみたら。
「……んー? そう、だなあ……」
ちょうど信号で止まった蒼くんは、オレを面白そうに見てから。
「優月がそれで不安そうなら、心配するかもだけど?」
「えーと……オレが不安じゃなければ?」
「心配する必要ないだろ?」
「そっか」
なるほど。なんか……蒼くんぽい、と、思う回答で、
なんだか、クスクス笑ってしまう。
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