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第625話◇

「ていうかさ、蒼くんは、ドキドキしたこと無いの?」 「んー? ああ、さっきのか……死ぬほどドキドキだろ……」  んー、と蒼くんはしばらく考える。 「遠い昔はあったかなー。記憶がない」 「そうなんだ。……なんかあれだもんね、蒼くんは、人をドキドキさせて楽しんでそうだもんね」  うんうん、なんか分かる。 「……お前、オレにドキドキしたことある?」 「無い。嫌な意味で、ひやひやドキドキみたいなのはあるけど」  自分で言いながら笑ってしまうと、蒼くんも苦笑い。 「じゃあ何でんなこと言うわけ?」 「えーだって……蒼くんをカッコいいって言ってる友達とかは山ほど見てきたし。雑誌とかさ、そう言うのも全部、もうカッコいいみたいな書き方してるし。世間の評価は、絶対そうだもんね」 「……優月は何でしないんだろうな?」 「そんなの決まってるし」 「何?」  蒼くんは面白そうに笑ってオレを見てる。 「自分のお兄さんにドキドキする人、居ないでしょ?」  言うと、蒼くんもそうだな、と笑う。 「オレもさ、言われたんだよ、こないだ」 「うん?」 「里村にさ」 「あ、里村さん」  蒼くんのお友達だ。玲央と蒼くんと里村さんで、ご飯行ったっけ。  とりあえず二十歳まで、玲央とオレが付き合ってたら、祝ってくれるって言ってた人……。 「何て言われたの?」 「玲央に優月を渡していいのかって」 「え??」 「優月を、オレのもとで可愛がってたいんじゃねえの?って」  しばらく考えてから。えええ?? と声を上げてしまう。 「蒼くんはオレを可愛がってるっていうか、からかって遊んでるんだよね?」  クスクス笑いながら、オレが言うと、蒼くんも、まあ、間違いじゃないけど、と笑う。あ、間違いじゃないんだなと可笑しくなりながら、蒼くんの言葉を待っていると。 「優月が男がありなんだなと思っても、どう考えても無しって言っといた」 「うんうん。だよね」  蒼くんとオレが、とか、全然考えられない。笑っちゃう。 「でも思うんだけどさ。蒼くんだけじゃなくて、普通はオレには、そういう気分わかないんじゃないかなあって思うよ?」  蒼くんはなんだか微笑んだまま、オレを見つめ返してくる。 「玲央がどうしてオレを誘ったのかも、いまだに謎だし。多分これ、永遠のテーマだよ」  クスクス笑いながら言うと、蒼くんも、ふ、と苦笑い。 「まあ、あれだよな……それが、相性っつーか…… 会って、近くで見て、玲央はそう感じたんだろ。んで、今こうなってるなら、その直感は合ってるっつーことだから」 「――――……」 「良いんじゃねえの?」 「……相性、かぁ……」 「まあオレと優月は、兄弟としての相性が良かったってことだろ」 「……そだね。お兄ちゃん、ずーっとお世話になってます」  そう言うと、蒼くんは、まあそうだな、と言って否定せずに頷いて笑ってる。  相性かあ、とつぶやきながら、ふむふむと頷いて少し考える。一口お茶を飲んでから、蒼くん、と呼んだ。 「……いっこ、聞いて良い?」 「どーぞ?」 「蒼くんはさ、きっと、そういう経験、多いでしょ?」 「……何基準だよ?」 「……だってモテるだろうし」 「まあいいや。多いとして、何?」 「……蒼くんは慣れててさ、で、相手の人は全然慣れてなかったら……それって、嫌って思うもの?」 「……玲央は嫌がってないだろ?」 「……玲央は優しいからそんなの全然嫌とか見せないけど……」 「じゃあ何が問題?」 「えーだからね……オレはもっと勉強すべきなのかなと思って」 「べん……」  蒼くんは、オレの言葉を繰り返して、勉強って言おうとしたと思うんだけど、何やら途中で吹き出して、そのまま、ずーっと笑ってる。…………。いつも通りだけど。

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