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第685話◇
気持ちが逸るのは、どうしようもないみたい。
駅に着くと、急いで下りて、早歩きでホームを進んで階段を上った。
改札の外に目を向けると、玲央、発見。同時に玲央もオレを見つけたみたいで、微笑むのが分かる。
とくん、と胸が、音を立てる。
こんな風に人に会うだけで、顔を見るだけで、ドキドキするのも、もしかしたら初めてかもしれない。しかも、こんなにずっと一緒に居る人に。
「玲央」
なんか自分に、ぴゅー、と効果音がついてる気がする。
そんなに急ぐ必要がないのも分かってるのに、急いで改札を抜けて、玲央のもとに駆け寄ると。
「走んなくていいよ」
やっぱり笑われて、そう言われた。
……そう言われるような気がしても、なんか少しでも早く近寄りたくて。
「ごめんね、おまたせ」
「いいよ」
ふ、と笑う玲央の手が、頭を撫でてくる。
「ありがと。待っててくれて、やっぱりすごく嬉しい」
オレ、ちょっと笑っちゃうとか、そんなレベルじゃない。
もう多分、オレ、めちゃくちゃ笑顔だと思う。
オレを見る玲央の顔も、ふ、と優しく、緩む。
「楽しかったか?」
「うん。楽しかった」
「そか。良かったな」
クスッと笑って頷いて、それから、玲央の手が、オレの背中に触れる。
「じゃあ行こ、優月」
「うん」
並んで歩き始めて、駅からの階段を下りる。
「こっち側の階段、降りる人少ないんだね、皆向こう行っちゃったみたい」
「向こうのがひらけてるから、夕飯はあっちで食べた。こっちは会社とか病院が多いから、今から向かう人は少ないのかもな」
「そうなんだね」
そっか、と頷きながら、階段を下り終えた所で、なんとなく周囲を見ていると。
「ああ、そういうことか」
不意に玲央が笑う。
「ん? 何、そういうことって」
「人が居ないって、そういうことだろ?」
「ん?」
クスクス笑ってる玲央に、首を傾げた瞬間、はっと気づいた。
さっきオレ、人が居ないとこで、とか送ったんだった。
「あ、ちが……違うよ?」
「でもほとんど人こっち来てないし……」
とことこ歩きながらも何やら玲央が楽しそうにオレを斜めに見下ろす。
ちょっとドキ、とするような視線なのだけれど、車が脇を通って行くし、全然人が歩いてない訳ではない。
「後ろに人、居ないし」
玲央の手がオレの腕を軽くつかんで、引き寄せられてしまう。
「優月」
何だか悪戯っぽく笑う玲央。
「く、車通るし」
「今、居ないって」
「人が横の道から出てくるかも……」
「居ない居ない」
クスクス笑って、玲央がオレの腕を捕らえたまま、見つめてくる。
「……絶対、居ない?」
「居ないって」
じゃあ、いい、かな? ちょっと、キス、触れる位なら。
オレもしたいし。……と、誘惑にグラグラ揺れて、あとちょっとで、瞳を閉じようとした時。
めちゃくちゃ速い自転車が、しゃーーーー!と真横の車道を通り過ぎて行った。
びくう!!!と震えて、咄嗟に玲央から体を引いた。
「……っっ」
その自転車の後ろ姿を、呆然と見つめながら、ドキドキしていると。
横で、玲央が、クッと笑い出した。
「……っ?」
「今の超びっくりした顔……」
クックッと笑い続けて、オレから顔を逸らしてる。
もう玲央ってば、またまた笑いすぎなんだけど……。
でも。……こんな風に可笑しくてたまらないって顔で、笑う玲央って。
オレの前でしか見ない気がするような。すごくすごく貴重な気もしてるような。
「かわいーな、優月」
ぐい、と肩を抱かれて、その勢いのまま、ちゅ、と頬にキスされる。
わー、結局キスされたー。周りを見ると、「誰も居ないよ、ちゃんと見た」と笑いながら言う。
「ごめん、からかった。今から行くとこ、地下だからさ。中に入って皆の部屋に行く前のとこ、誰にも見られないから。そこでキスさせて」
「……じゃあここでする気は」
「無かったんだけどな。……面白くて」
また笑いだして、それはそれは良い笑顔で、オレを見つめる。
もー玲央ってば、からかってばっかり……。と思うんだけれど。
「ごめんごめん」
なんて楽しそうな玲央の笑顔が好きすぎるので。
全然、なんも言えない。
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