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第690話◇

 皆も見てるから、少しだけ緊張する。  でも、弾き始めたら、それはすぐ飛んで行った。  玲央と弾くのは、やっばり楽しい。  音が、嬉しくて飛び跳ねてくみたいな。  自分では弾かない、というか、二人でなければ弾けない音を重ねて、空間に広がっていく。  絶対玲央の方が上手なのは分かってるんだけど、でも絶妙に合わせてくれるから、その差も目立たない。弾いてるオレだけが分かるのかも。  なんかもう、ずーっと、弾いてたいかも。  思うのだけれど、一曲、体感ではあっという間に終わってしまった。  いつのまにか、近くに来てた皆が、おー、と拍手してくれる。 「すげえ良かった」 「ほんとだな」  甲斐と颯也がそう言ってくれて、えへへ、と笑ってると。 「なんか、ライブの余興とかでやったらいいのにって思っちゃった」  勇紀がそんなことを言ってくる。  玲央と顔を見合わせてから、オレは、「無理無理」と首を振った。 「オレ、あんな人の前で弾けないよ」 「ちょっと規模が小さいライブハウスの時、やってみたら?」 「ていうか、オレ、誰?って言われるよ」  見てる人たち、きっときょとんとするだろうなーと想像したら、なんだか可笑しい。 「友情出演ってことでいいんじゃない?」  まだ続けてくる勇紀に、無理だよーと笑って、オレは、椅子から立ち上がった。 「颯也と玲央でやったら、盛り上がるんじゃない?」  颯也と玲央を見比べながらそう言うと、少し考えてから、颯也が首を振った。 「オレとやっても、玲央の今の感じは、出ないから」 「今の感じ、て?」 「柔らかいっつーか。優しく見える音、かな」  優しく見える音……って、いいなぁ。確かに、玲央の音、優しいよね。  一緒に弾いてると幸せだし。そう思ってると。 「ピアノ弾いてるだけで優月のことが好きっつーのは、嫌ってほど分かるよな」  甲斐がそう言って笑いながらオレと玲央を見つめる。 「ギャップで、玲央、人気出るんじゃねえ? いいかもな?」 「…………」  ギャップ。 ふむふむ、玲央が人気に、かあ。  それは嬉しい。けど、オレが弾くのはちょっと無理かも……と思っていると。 「優月がOKしないと無理。てか、なかなかステージでできる奴居ないだろ」  玲央がクスクス笑いながらオレの頭をポンポン叩いた。 「ってことは玲央はオッケイなんだ?」  勇紀がへー、とウキウキ楽しそう。 「そんなとこでやったら、いちゃいちゃしてるって、大騒ぎんなりそう」  ぷ、と笑って、勇紀がそう続けてからオレを見る。 「優月はね、超楽しそうに弾いているだけなんだけどさ」 「うん?」 「こちらがねー、優月のことばっかチラチラ見てるからさ~」  言いながら勇紀がからかうように玲央を見ると。 「……まあそれはしょうがねえよな」 「あ、意外。認めた。……てか、しょうがないって何?」  勇紀が玲央を見て、ちょっと首をかしげると。 「弾いてる時楽しそうで可愛すぎだから。見るだろ」 「……う、わー。ほんとやば、玲央!」  ぎゃーぎゃー騒ぎ出した勇紀に、颯也と甲斐が苦笑い。 「お前はどーしてそう返ってくるだろうってことをわざわざ聞いて騒いでんだよ」 「え、うそでしょ、そう返ってくると思った?」 「最近の玲央ならあり得るだろ」 「……いやいや、ほんとマジ、何なのー」  呆れたように言って、勇紀が、オレに肩を組んでくる。 「もう、ああいうことさ、玲央、絶対絶対、言わない人だったからね? 何なのあれーきもいー」 「べたべたくっつくなよ。つか、きもいじゃねーし」  勇紀からべりっと剥がすみたいに、オレを自分の方に引き寄せた玲央に、勇紀が、もー、と怒り出す。 「優月は先にオレの友達なんだからなー!」 「は? 関係ねーし」 「あるし!」  玲央と勇紀が言い合ってるところで、颯也と甲斐が、「続けるぞー」と呆れながら笑う。    

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