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第716話◇

 なんだかとってもからかわれながら、準備を終えて家を出て、玲央の車に乗り込んだ。  いつも通り、カッコいい玲央の運転姿に見惚れていると、少しだけ遠回りをして、飲食店が多い大通りに出てくれた。 「何が良い? 早めに看板見てくれればそこ入る」 「んーんーんー……」  何が良いだろ。ラーメン、ファミレス、中華……。 「あ、ハンバーグは?」 「りょーかい」  ハンバーグステーキと書かれた大きな看板を指しながら言うと、玲央が笑いながら言って、駐車場に車を止めてくれた。少し狭いけど、二階の店舗の下に入れてくれたので、雨だけどぬれずに店内に行ける。 「玲央って、運転上手だよね」 「そう?」  シートベルトを外しながら言うと、玲央がエンジンを切りながらオレを見る。 「駐車とかもさ、すぐとめちゃうでしょ」 「んーまあ……そうかな」 「うちの母さん、苦手でね。こういう狭いとこには絶対入らないよ。広いとこにとめるの」  車を降りて歩きながら、クスクス思い出し笑い。 「なるほど……優月はどうだろうな」 「うーん……母さんの子だから。おんなじ感じかもね」  クスクス笑ってそう言うと、玲央が「お父さんは?」と聞いてくる。 「父さんの方が上手。仕事でも車乗るからかなあ」 「じゃあ運転は、お父さんの血引いてたらいいな?」 「うん。そうだね」  言いながら、お店のドアを開けて中に入ると、店員さんに出迎えられた。 「二人です」  そう言うと、窓際の席に案内された。 「でも、優月が乗れるようになったら、オレ、隣に乗ってあげるからさ」 「えっ」  その言葉にはとってもびっくりして、固まってしまうと。 「何でそんなに驚くの。当然乗るだろうと思ってるんだけど……?」 「えっと……」 「あの車、乗っていいよ。オレ、隣で見ててあげるし」 「ええ……」  しかもあの車で……。  玲央の好意はありがたいけど……。 「オレ、あの車、初心者で運転、無理」  ブルブルブルと大きく首を振る。変な片言の返事になってしまう。玲央は少し笑った後、あの車無理? と、オレを見つめる。頷くと少し考えてから、玲央はにっこり微笑むと。   「でも実際はそうそうぶつけないだろうし。初心者の時って慎重だし、きっと大丈夫だよ。むしろ慣れてきてからの方がぶつけたり擦ったりって聞くけど」 「いや、でも……あの車に乗って、隣に玲央を乗せたら……」  ちょっと想像してみる。  ……容易に想像できて、オレは、また首を横に振った。 「あ、無理みたい。なんていうか……」 「うん。なんていうか?」 「緊張して、そのせいでぶつけると思う」 「緊張?」  玲央が苦笑いをしながら、メニューを開く。 「別に緊張しなくていいのに」 「……したくなくても、すると思う……」  玲央に見られてるだけでも、かなりなのに。あの車……。  ぶつけたら、いくら位……? 車、全然分からないオレでも、高そうって分かるんですけど……。   「ん?」  玲央がオレを見て首をかしげる。 「あの車って、擦っちゃったりしたら修理代高い……よね?」 「まあ車は擦ったら、どんな車でもそこそこ高いとは思うけど。優月に請求したりしないけど」  そういう問題じゃないのだよう~。 「初心者にあの車はレベルが高すぎる気が……」 「んー……じゃあレンタカーでも借りて、ちっちゃいので練習する?」  おお、それイイかも。  と、一瞬でウキウキ気分になったのだけれど。途中ではっと気づく。 「でも、まだ教習所申し込んでも無いから……いつ乗れるんだろ?」 「まあそうだな。ちょっと気が早いか」  クスクス笑って、玲央も頷く。   「でもオレ、優月の運転する車に乗るの、楽しみ」 「オレも早く、上手になって玲央に乗ってほしい」 「ん? オレ、その上手になる練習付き合うってば」 「えええー……」  最初は父さんとかがいいなあ。  玲央だと、玲央に見られてるというだけで、かなり余分な緊張が……。  と思いながら、実際取れてから考えよと決めた。  メニューを見て注文してから、鞄に入れたままだった教習所のパンフレットを取り出す。 「見て、今日友達がくれたんだけど」 「ああ……ここに行くの?」 「まだ決めてないんだけど、とりあえず、今通ってる友達が居てね、持ってきてもらったの」 「ふーん……」  パラパラめくって、玲央の目が合宿免許にとまった。  「こういうのに行きたかった?」 「うん。あ、でも別にもう行きたいと思ってないけど」 「……こういうの参加しようっていうのがすごい」 「え、そう?」 「だって、全然知らない、年とかも全然違う人らと、ずっと一緒なんだろ?」 「そう言われると、そうだね」 「オレ、無理だな」 「えー、玲央はそんなとこ行っちゃったら、モテモテで大変だと思う……」 「いや、無理」  クスクス笑う玲央。 「……優月は平気そうだな?」  ふ、と笑って、またパンフレットをめくる。 「オレには絶対無理だけどさ。……そういうの楽しめそうな優月はすごいと思うし。尊敬できるとこだよな」 「――――……」  なんだかとっても優しい顔でそんな風に言われると。  え。なんか。嬉しすぎて、何も返せないんだけど。  ……玲央は。ほんと。  オレを喜ばせる天才な気がする。

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