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第732話◇

 えっと……ちょっと、落ち着こう、オレ。  本当のことを話してるんだから、本当っぽく話せば……って、どう話せば本当っぽいんだろう。うーん。  なんか春さんのこの様子だと……。  オレが恋人って思いこんでるだけで、玲央に騙されてるとか、なんかそんな感じで思ってるとしか思えない。友達としてすら、一緒に暮らすとか心配してたみたいだし、それでわざわざこんな風に時間まで取って、オレの所に来てくれてるんだし。これが恋人ってなったら、「余計心配」っていうのも、うん、まあ、春さんの言いたいことは分かる……。 「……あの、春さん」 「うん?」 「春さんは、どんな噂を聞いた感じですか……?」 「言ってもいい?」 「はい」 「……ほんとに? 聞いたままでいい?」 「え。あ、はい、いいです」  うんうん、と頷いて待っていると、ちょっと言いづらそうに。 「……超お金持ちで、バンドやっててなんでもできてルックスもあれで……すごくモテる分、とっても自由で……恋人は作らず遊びまわってる、みたいな……急に捨てられることもあるとか、そんなかな……?」 「――――……」  まあ、なんか。でたらめでは、ない……っていうところがね。  そんな噂、違いますよって、言えないところがね、昔の玲央さんのちょっぴり困ったところ、なんだけど……。  なんかそんな風に思ったら、ちょっと、苦笑いが浮かんでしまう。 「この噂って、あってる?」 「……んーと……オレと会う前の玲央は、そんなとこもあった、ような……」 「あってるのか……」  あってます、とははっきり言わなかったけど、違いますとも言えず……。  結果、ああ、春さん、困ってる。  うーん、と悩み始めてしまった。  ああ、なんか話せば話すほど、ますます心配させてしまうような気がする。  うーんうーんうーん……。困ったな。  あれ、美咲とかって、どこから信じてくれたんだっけ。どうやって、あの最初の印象を良くしてくれていったのだっけ……?   ……ていうか。なんか。  春さん。良い人だなぁ。  絶対本気で心配してくれて、なんかすごく言い辛そうな話なのに、わざわざ来てくれたんだなーと思うと。  この人に何て説明したら、心配を晴らせるかなあ。 「春さん……あの、噂はほんとのところもあるの、オレも知ってるんですけど……」 「うん?」 「……今は玲央、すごく、変わってくれて」 「あのさ、そもそも優月くんて、いつ知り合ったの?」 「えっと……」  言わない方がいいような気がする……。けど答えずにはいられない。 「三週間位前……」 「三週間?」  びっくりしたみたいな顔してる。  ……そうだよね。  三週間前に会って、なぜかノーマルのオレが、男の玲央と付き合うことになって、もう先週には一緒に暮らそうって言ってたんだから、それだと出会って二週間の時点でってことになっちゃうし、そうなると……。 「優月くん、ほんとに、大丈夫? 一緒に暮らすとかは、少し待って、様子見るとか……」  ですよね。  そうなるかなって、ますます心配させちゃうかなって、分かってた……。  まてまて、落ち着いて、オレ。  どうしたら、春さんを……。 「お待たせしました」  そこに、店員さんが現れた。目の前に並べられていくお昼ご飯を見ながら、あーどうしよう……とめちゃくちゃ考える。  春さんはほんとに良い人だと思う。  なんだろう、言葉一つとっても、気遣いみたいな。そんな風に言ってくれるんだ、て思うような話し方をする人で、だから初めて会った時から、結構心を許してた。  だから、一緒にご飯食べたりするようになったんだと思う。皆が言ってたみたいに、隣の人とご飯、とか、今はあんまりしない時代なのかもしれないけど、春さんは大丈夫って思っちゃって。……うん、それで大丈夫だったわけで。  ……今の様子見てても、これはもう、絶対、めちゃくちゃ心配してくれてる。  オレの言葉も信じてくれる人だけど、多分今は、オレのことを信じてくれないんじゃなくて、オレがだまされてるか何かだと、思ってるんだろうな……。  どう話したら、分かってくれるんだろう。  春さんにも、できたら、分かってもらいたい。 「とりあえず、優月くん、食べよ?」  春さんが、にこ、と笑ってくれたので、はい、と頷く。  ちょっと食べながら考えることにして、いただきます、と手を合わせた。

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